試験終了の鐘が鳴る。
筆記用具を机に置き、伸びを一つ。
必死に埋めた解答用紙は試験監督が回収していった。
やるべきことはやった。受けることに意味があった。
出来、不出来は些末な問題なのだ。
さて、何を食べて帰ろうかな。
/「鐘の音」
「あなたは生前、とても善い行いを続けました。
あなたに救われた人々の想いによってあなたに選択肢を与えましょう。」
「1つ目、優しく穏やかな両親のもとで愛情を一身に受けて健やかに育つ」
「2つ目、明晰な頭脳と、強健な身体を持ち、文武様々な場面で人々から喝采を浴びる」
「3つ目、民衆に慕われる善き領主となり、豊かな領土と明朗な領民を統治する」
私は答えた。
「ニンゲンはもう懲り懲りです。来世はお金持ちに愛される猫にしてください。」
/「神様が舞い降りてきて、こう言った。」
他人に喜んで分け与える人。それが彼女の第一印象だった。
困っている人がいれば息をするように助け、ただ、そうするのが当然、というように老若男女問わず手を差し伸べていた。
そんな彼女を「偽善者」と陰口を叩く人間もいた。
なにかの拍子でふと尋ねてみたことがある。どうしてそんなに人の為に行動できるのか、と。
彼女はまるで苦手な野菜を話すかのように言った。
「誰かのためにじゃないと生きられないんだよね。自分のために生きられないの。」
少しうつむき寂しげに言葉を続けた。
「これも『偽善』なのかな……。」
/「誰かのためになるならば」
私は大切にしていたつもりだったのに、あなたには窮屈だったみたいだ。
「鳥かご」
男女間の友情は存在するのか。
最近は男女の定義もグラデーションがあり、難しくなっている。
例えば、
身体の性は男女でも、心の性は同性で、友情が結ばれていればそれは男女の友情なのだろうか。
例えば、
心の性は男女でも、身体の性が同性で、友情が結ばれていればそれは男女の友情なのだろうか。
結局性別なんて関係ないんだよ、自分には。
僕は考えるのも面倒になって口の中の氷を噛み砕いた。
/「友情」