無人島に行くならば
ナイフと本ですね。
これは何か一つとかいう決まりはないので、ナイフは絶対いると思います。
本は欲しくなると思いますよ。種類は…哲学っぽい文芸とかが良いかなって、飽きちゃうのかなあとか思いますけど、とりあえずカポーティの「犬は吠える/ローカルカラー」辺りを。文章が綺麗なので飽きるまでしみじみ読めるかと思います。
もう1冊持っていける余裕があったら、カイヨワの「遊びと人間」辺り持っていったら「この遊びはなんのジャンルに分類出来るだろう」とか考えてたら暇が潰せるかなって。
無人島だから遊ぶ暇もないほど自給自足かもしれませんけどね。
friends
お題がfriendsなんですが思い出したので関係ない話します。
父が存命で元気だった頃、田舎に墓参りに帰って、急な小さい坂から墓のあるところに入る道があって、その急な坂を車で降りたら坂をズルズル滑り落ち出して、父に「おいお前降りて車を押してくれ」って言われまして。
無理ですよ、いやあの時は死ぬかと思ったけどなんかなんとなく皆無事でした。
君が紡ぐ歌
彼奴はよく歌っていた。詩っていたのかもしれない。
殊更人に聞かせようという殊勝な気持ちがあるという感じでもなく、何か、過去の歌を、それも自分の世代よりもずっと古い古歌を、懐かしむようにして口遊んでいたから、それは何か過去と今を繋ぐ架け橋のようなものに見えた。
古いものが無くなることの悲しさと愛おしさ。
愛おしむという行為そのもののように、古い歌を口遊んでいた。
未来よりも過去に親和性のある男だった。
過去の、まだ広い地球、未知の空間、豪放磊落な余裕のある人々、優雅さや美しさがまだシステムや金に汚されてない時代についての歌を歌っていた。
俺にとって彼は古い地球儀のような存在だった。
彼の歌を聴けば古の地球がどんなにゆとりあるものだったか知る事ができた。
この歌を、未来に遺したいと思った。
光と霧の狭間で
どうでもいい話なんですけど母若かりし頃に父と母の実家に車で帰った所、崖というか峠ですね、峠の切り立ったところでにわかに濃霧が立ち込め、ゼロ視界でゆっくりと手探り状態でカーブを進んだそうで…いや何事もなくて良かったです。
砂時計音しましたっけ?