どこまでも青々と広がる大地に柔らかい日差しが降り注いでいて、
色彩豊かな花々たちは、嬉しそうにその光を抱きしめている。
目を覚ました少年の目に飛び込んできたのは、そんな光景だった。
起き上がって周りを見渡してみても、どこまでも同じ風景が続いている。
少年は、こんなにきれいな景色を見たのは、はじめてだった。
しばらく辺りを眺めた少年は、今度はすぐそばで咲いている花に顔を近づけてみる。それらはまるで、自分に笑いかけているみたいだ。
少年は胸のあたりに、じわりと何かが広がっていくのを感じた。
その正体は果たして何なのか。
それを確かめるべく、少年はそのまま花をじっと見つめた。
向こうもまた、微笑みを称えながら少年を見つめ返す。
しかし、いくら待っても花が口を開くことはなく、その正体は分からない。
少年は、花の首に手を伸ばし、それを掴んでぐっと上に引き上げる。
花は微笑みを浮かべたまま、事切れてしまった。
少年は何度もその細い首を掴んでは、ぶつりとそれを千切っていく。
一本、二本、三本。
少年の手は止まらなかった。
それと同じように、胸に広がる何かも止まることはなく、どんどんと少年を侵食していった。
そうして黙々と動かしていた手は、しかし。
不意にピタリと動きを止めた。
少年と花の隙間を駆け抜けるようにして、風がサァッと吹き抜けたのだ。
その勢いに圧されて、少年は腕をかざしてぎゅっと目をつむる。
風が過ぎ去ったあと、少年は恐る恐るまぶたを開けてうえを見上げた。
そこには、青い鳥がその羽根をいっぱいに広げて、空に吸い込まれていく様が見えた。
少年はじっと空を見つめる。
気づけばその目からは、一筋の涙がこぼれていた。
たまに、本当にたまーにだけどふとした時に、
“いままでコツコツと貯めてきたお金を、私が今欲しいもの全てにバーっと注ぎ込んで、ぽっくりと逝ってしまいたい”
そんな風に考えてしまうことがある。
目に付いた「欲しい」を色々と我慢して、
お財布のなかで、そして見知らぬどこかで眠っている私のお金。
もしものため、将来のためにとそう短くはない年月をかけて蓄えてきた割と大事なはずのお金。
けれど、「じゃあ実際にそれを全部使ってまで、何が欲しいの?」って聞かれてもなぜだか何にもしっくりこなくて。
結局のところ、私は何かを得たいわけじゃないし、何かに消費したところで代わりに満たされるものはきっと何もない。
多分、単純に、自分自身を放棄してしまいたいだけなのだ。
私はあと何回この人とこうして、話をすることが出来るのだろうか。
あと何回、この人と会うことが出来るのだろう。
あとどれくらい、同じ時間を過ごすことが出来るのだろう。
もしかしたら数十年後、あなたは老衰して口を動かすことさえままならなくなってしまうかもしれない。
いつもうんうんって頷きながら話を聞いてくれるけど、いつかは上手く言葉をひろうことが出来なくなるかもしれない。
だから、今の内に。
後悔したくないから、きちんと私の心を伝えたい。
もっと、あなたの心と対話したい。
出来ればほんの少しでも、一緒にいたい。
けれど、何でだろうか。
そう思えば思うほど私の喉はきゅっと閉まって、何も言葉が出てこなくて。
ごめんなさい。もう少しだけ待っててね。
死者を想うと、天国でその人に花が降りそそぐらしい。
悲しみ、寂しさ、やるせなさ、祈り。
とめどなくあふれる心が花弁となって、その人の前に現れるのだろうか。
ああ、はらはらと舞い落ちてくる花たちを前に、あの人は今、何を思うのだろう。
どんな顔で、私のことを見下ろしているのだろう。
書いては消して、書いては消して。
私の「どこにも書けないこと」は、今もこの消してしまった余白の中に、ずっと眠ったままだ。