ひと

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10/6/2024, 5:22:33 AM

星座


「あれは水瓶座。あれは山羊座。俊、分かるか?」
「分かんねぇよ。」
「あの星とあの星とあの星と…なんかこうなってこうなったら、ほらヤギに見えるだろ?」
「見えねぇよ。パンツにしか見えねぇ。」
「情緒の欠片もないな…」
「じゃあ洋太はヤギに見えるのかよ。」
「見えるわけねぇだろ。」
「笑笑」

10/4/2024, 5:29:53 PM

踊りませんか?



『僕と一緒に踊りませんか?希望者は旧校舎3-7まで。』

「なにこれ。」
校内に貼られた一枚のチラシ。イラストはなく、B 5の更紙にその言葉だけが雑に書かれていた。
誰かのイタズラである可能性が高い。
これは教師である私が注意しなくては…!新任であるが、だからこそ積極的に指導は行わなくてはならないのだ!
そう息巻いて、早速指定された場所へ行く事にした。

新校舎の裏側にひっそりと建っている旧校舎は、今では教師すらも立ち入る事のない、所謂廃墟だ。勿論、私も例外ではなく、この度初めて足を踏み入れる。
生徒たちの中では「おかっぱ頭の女の子が窓から手を振っている」「旧校舎のトイレに入ると呪われる」などと言った噂があるようだが、学舎の廃墟があれば必ずと言っていいほど立つ噂であり、あまり信ぴょう性はない。
それに聞く話によると、数十年も前からある噂であり、もはや都市伝説と言えるレベルだ。

あまり信じていないと言っても、やはりこれだけ古い建物になると、雰囲気だけはあるので、少し気後れしそうになる。だが、もし、生徒がいるならば連れ出さなければならない。あんなイタズラは勿論注意すべきであるし、建物の状態もかなり悪くなっているので、物理的な危険性もあるからだ。

意を決して旧校舎の鍵を開け、そっと足を踏み入れた。
些細な音でも鼓動が早くなるくらいには恐怖を感じている。
使用されていた頃は、3年生が一階を使っていたのだろう。幸い指定された場所は一階にあるので、何かあっても窓から脱出可能だ。
「…本当にこんな所に生徒がいるの…?」
一歩、また一歩と進んでいくと、廊下の先に『3-7』と書かれたプレートが見えた。
あそこだ。恐る恐る歩みを進めて行くと『3-6』を過ぎた時、一瞬世界がぐにゃりと歪んだ気がした。
突然のことに思わず足を止めたが、特に異変は見られない。視界も普通だ。
「疲れが出てるのかな…」
きっとそうに違いない。疲れている上に、急激な恐怖を感じたせいだ。ストレスが爆増している証拠だ。
そう言い聞かせ、たどり着いた『3-7』教室の扉に手をかけた。
木製の扉は引き戸になっていた。建て付けが悪くなっていると思っていたが、案外すんなりと開いた。
教室の中に一歩踏み入れた瞬間、息が止まった。

「っ!!!」

教室の窓際に、青年がひっそりと立っていた。
飛び出そうになった絶叫を何とか飲み込み、震える声で話しかける。
「っあ、あなた、うちの生徒?見た事ないけど、こんな所で何をしているの?」
銀色の髪、赤い瞳、異常に白い肌。明らかに異質な空気を纏う男は、やはりどう見ても生徒ではない。男は薄らと笑うと、徐に口を開いた。
「お姉さん、見えたんだ。あの紙。」

やばい。

そう思った時には大抵手遅れである事が大半だ。
頭の中で逃げよと警鐘が鳴り響いているが、足が竦んで動けない。
「来てくれたって事は、お姉さんが僕と踊ってくれるんだよね。そうだよね。だから来てくれたんだよね?」
「ち、ちがう…私はただ確認しに来ただけで…!」
「張り紙が本当かどうかって事?じゃあ本当だったね!おめでとう、良かったね。」
満面の笑みとはこの事だろう。しかし、このような状況下での満面の笑みは、狂気しか感じない。
逃げなきゃ…!
急いで踵を返すと、向けた背に男が嬉しそうに呟いた。
「帰れないよ。」
ゾクリと背筋が凍りつく。少し離れた場所から聞こえていた声は、いつの間にか真後ろに移動していた。
「ひっ」
「ね、だから一緒に踊ろう。君が君を忘れてしまうまで。」

静寂を纏う旧校舎に、カラカラと扉が閉まる音が静かに響いた。


「あれ、誰か旧校舎の鍵知りませんか?無いんだけど…」
「あぁ、それならーーー先生が持って行きましたよ。何でも、一緒に踊りましょうっていう意味不明の張り紙がしてあったらしくて、それも場所が旧校舎の3-7教室と指定されてたみたいで…。生徒がイタズラ目的で侵入してたら危ないから、確認しに行くって言ってました。」
「なんだって!?」
「!! …鍵貸し出したらまずかったですか?」
「い、いや、大きな声を出してすみません。実は…旧校舎の一階は3-6まで…。3-7なんて教室は存在しないんですよ。」
「え……」
「彼女は一体何処へ……」

                      END.

10/3/2024, 5:29:38 PM

巡り会えたら


よく晴れた昼下がり。見上げれば胸がすくような青空。
大きく息を吸い込むと、僕はこの青空に似合わない、灰色の背中に別れの言葉を投げつけて、大袈裟に手を振った。
「元気でなっ!」
「…」
「もう変なところに入り込んで嵌ったりするなよ!」
「…」
もちろん返事はない。
「……」
…いや、もしかしたらふりふりと左右に揺れているあの尻尾こそが、返事の代わりなのかもしれない。

見知らぬ土地、見知らぬ風景、そして見知らぬ猫。
猫から見れば僕も見知らぬ人間。
浮草のように所在なく旅を続ける僕だから、もうここには二度と来ないかもしれない。もし再び訪れたとしても、少し青みがかった灰色の毛並みを持つ君とは、もう二度と出会えないかもしれない。
幾度となく出会いと別れを繰り返し、もう惜しむ心も見失っていたはずなのに。
なのにーーー・・・

もうほとんど見えなくなった背中に向けて、そっと呟いた。
「また、巡り会えたら…」
なんて、そう思うんだ。

10/2/2024, 6:05:38 PM

奇跡をもう一度

この世に生まれて、貴方と出会えて、共に生きて来たこの時間を、奇跡と呼ばずして何と呼ぶ。
その生を全うし、今、心臓の鼓動を止めようとしている私は、切に願う。

貴方と共に生きる奇跡を、もう一度。

手を取り共に歩く奇跡を、もう一度。

願いながらそっと目を閉じた。