「あったかいな」
「そうだな」
「風もゆるいし、快適」
「ああ」
「…あ、桜だ。どっから来たんだろ」
「さあな。この辺桜の木ねえし、結構遠くからだろ」
「…オレも、風にさらわれてどっか遠いところに行きたいと思ったことあったなあ、あの桜みてえに」
「どーせさらわれんなら、俺んとこ来いよ」
「は?全然遠くねーじゃん」
「お前が遠くに行くの嫌だし」
「ならそっちが迎えに来いよ」
「ムズすぎだろ………」
「…」
「……」
「…いっそ、一緒に消えるか、遠いところに」
「……………それが一番いいよな、結局」
【春風とともに】
泣かせたいわけではないが、お前が涙を流すのを一度は見たいと思ってしまう矛盾。
ただでさえお前は綺麗なのに、
お前が泣く姿は、こぼれる涙は、どんなに美しいだろうと。
【涙】
小さな幸せは、見逃しがち。
見逃したことにすら気づかない。
けれど、いざ失ったと気づいたとき、心はなかなか虚しくなるもので。
まあ、失ったものは仕方ない。
けど、だからこそ、気づけた幸せは大切にしようねって話。
例えば、こうやって一緒にいられることとか。
え?あんたにとってはこれ以上ないくらいの幸せだって?
なに、嬉しいこと言ってくれるじゃん。
そうやって言ってくれるのがあんたで、あたしも幸せ。
【小さな幸せ】
桜色の唇。
不意をついて口付けると、そのかわいらしい顔にぶわりと華が咲いた。
春ですね。
【春爛漫】
ふとよみがえる、過去の記憶。
年端もいかない子供の心を壊した、あの地獄。
ひどく痛くて、苦しくて、歪んでいて、
痛い。痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「いたい………」
古傷のように疼き始めた目を押さえ、うずくまる。
呼吸が荒くなる。体が震える。
痛みにつられるように、過去の記憶も鮮明になる。
記憶が鮮明になると痛みも酷くなる。悪循環。
「たすけて」
うめきながらこぼした声は、誰にも届かないまま。
私は、痛みでずいぶん遠ざかっていた意識を、手放した。
【記憶】