桜色の唇。
不意をついて口付けると、そのかわいらしい顔にぶわりと華が咲いた。
春ですね。
【春爛漫】
ふとよみがえる、過去の記憶。
年端もいかない子供の心を壊した、あの地獄。
ひどく痛くて、苦しくて、歪んでいて、
痛い。痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「いたい………」
古傷のように疼き始めた目を押さえ、うずくまる。
呼吸が荒くなる。体が震える。
痛みにつられるように、過去の記憶も鮮明になる。
記憶が鮮明になると痛みも酷くなる。悪循環。
「たすけて」
うめきながらこぼした声は、誰にも届かないまま。
私は、痛みでずいぶん遠ざかっていた意識を、手放した。
【記憶】
オレはもう二度とアイツを離さない自信があるけど、アイツがもう二度とオレから離れないという保証はない。
だから、オレは縋るだけ。
例え薄皮一枚、ひも一本程度しか、オレたちの繋がりが残らないとしても、それを容赦なく追い回して、「もう二度と離さない」を遂行するだけ。
いつかその繋がりも千切れてしまったら、
その時がきっと、オレの人生の終わりだろう。
【もう二度と】
上を見れば、どこまでも続く、灰色の重たい雲。
そろそろ降ってきそうだ。
「降ってくるのが雨じゃなくてお前だったら、受け止めてやるのに」
「親方!!空から」
「皆まで言うな」
【曇り】
いつ死ぬかも分からない環境で生きてきた自分。人生における幸せなど、微塵も期待していなかった。
特に、人間関係の幸せ。
だから、誰と接するときも、毎回、今生の別れをすることを覚悟し、
別れの挨拶も、「じゃあな」と、未練を残さない言い方をしていた。
それなのに。
同じ境遇で生きてきたはずのアイツに出会って、すっかり変わってしまった。
アイツと過ごして初めて、人と別れることに未練を感じた。
それに、アイツは別れる時、明日があることを確信しているような顔で「またな」と言う。
そしてその言葉通り、またアイツに会えることに、幸せを感じてしまって。
いつもどおり「じゃあな」と返したら、二度と会えなくなりそうで。
いつしか別れの挨拶は、未練がましい「またな」に変わった。
【bye bye...】