君に会えない寂しさをまぎらわすために、音楽をかけた。
そうしたら余計寂しくなったから、君に電話をかけた。
「会いたい」の一言で深夜なのに駆けつけてくれて、めいっぱい抱き締めてくれた。
嬉しさと愛しさで涙が止まらなくて、その日は君の腕の中で、泣き疲れて眠った。
翌朝の別れ際、「ありがとう」と言うと君はもう一度だけわたしを抱き締めて「またいつか」と耳元で呟いた。
どうしてそんなことを言うんだろう、と思いながらわたしは君を見送った。
そんな夢を見たあの日、わたしは自然と、君がもうこの世にいないことを受け入れていた。
もう、寂しくなかった。
【寂しさ】
冬になったら、一緒に海に行こう。
深く、深く沈んだら、冷たくてとっても気持ちがいいだろうね。
手足が凍傷になるまでお互いに水をかけあうのも楽しいだろうし、冷たい砂浜に寝っ転がるのもいい。
あのドラマでみたように、水と砂の境目で追いかけっこでもしようか。きっと楽しいよ。
そのあと、互いに手を取り合って、暗い海の深い、深いところへ潜っていくんだ。
そこで抱き合って、口づけを交わして、最期の時を二人で過ごすんだ。
どうだい?とっても魅力的だろう?
そんな文章を書いてみたら、彼女は一言、「寒いですね」とだけ言った。
それに「震えるくらい美しい文章だってこと?」とジョーク混じりに尋ねると、無言で頭をはたかれた。
【冬は一緒に】
先輩とは、図書室でとりとめもない話をするだけの仲だった。
けれどいつしか、図書室で本の整理をする先輩の横顔を、廊下ですれ違った先輩の姿を、目で追うようになって。
気づけば、頭が先輩のことでいっぱいになっていた。
もっと近くで先輩をみていたい。もっと先輩のことを知りたい。
そう思いながら、この気持ちに名前をつけられないままでいた。
いつものように、夕方の図書室で他愛のない話をして、なんとなく気になった本を借りて、帰ろうとしたとき。ふと先輩を振り返った。
「先輩」
「ん?」
呼び掛けに応じてあげられた先輩の顔を見て、気づいた。
自分は、この人に恋をしていると。
けれど、手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、そういう恋じゃない。
ただそばにいるだけで癒されて、今みたいにとりとめもない話ができるだけで嬉しい感じの、小さくてささやかで、それでいて特別な恋。
「何でもないです」
「あはは、なにそれ」
「それじゃ、失礼しますね」
「うん、こっちも図書室の戸締りしたらもう帰るから。じゃあね」
「はい」
先輩が笑う。つられて自分も笑う。
大人になっても、こんな関係が続いてほしい。
でも今より、もう少し近い存在で。
そんな気持ちを本と一緒に胸に抱えながら、図書室をあとにした。
【とりとめもない話】
「何でもない」は、いい口実になる。
その一言で、君は大体何でも許してくれるから。
「…何いきなり。どうしたの?」
だから今日も「何でもない」と言って、君の手を握る。
【何でもないフリ】
「手、繋いでいい?」
突然そう聞かれた夜。
寂しいからと深夜に呼び出されて家に行ったら、なぜか一緒に寝ることになった。
シングルのベッドで、いい年した男が二人身を寄せあって眠るというのは、例え相手がどんなに気を許した相手でも慣れないと思うのだが、あげくに手を繋いでほしいと言われて、動揺しないわけがない。
「…なんで」
「寂しいから」
「そういうことじゃない、なんで俺なんだ?」
「…なんでだろうな」
「は?」
「………なんかさ、さっき、夢見たんだよ。誰かが目の前で死ぬ夢。誰かは分からなかったけどさ、なんとなくそれがお前だったような気がして」
「つまり死んでほしくないってことか?」
「そーいうこと、だと思う。うん、多分そう。もし死ぬなら、オレと一緒に死んでほしいって、今思った」
「今て」
「…とにかく、先に死んだら寂しいから呼んだ」
「…ふーん」
しばらく、無言が続く。
多分秒針が三回回ったくらいの音を聞いたとき、不意に手を握られた。反射で握り返す。
「…いいって言ってないけど」
「うん、でも多分許してもらえると思った」
「信頼すご」
「それで、いい?このままで」
「………うん」
「ほら」
「お前が言ったんだろ」
「ははっ」
「…とりあえず寝るぞ」
「ん、おやすみ」
「おやすみ」
そういって寝る体勢に入る。
しばらくして、うとうととしてきたころ、
「ありがとう」
そう、耳元で聞こえた。
ふと横を向くと、鼻の頭が触れた。
少しの間、そのまま見つめ合う。
お互い何も言わないので、天井に視線を移そうと思ったら、唇のそばに何か柔らかいものが触れる。耳にはこらえた笑いが聞こえる。知らないうちに指が絡まる。
顔にあって、柔らかくて、こんな風に触れられるものと言えば…
目が、冴えてしまった。
【手を繋いで】