「ねえ、私の大切なものになってよ」
そう言って僕の顔を覗き込む。
怖いくらい整った顔の彼女の表情から気持ちを読み取る事ができない。
大きく茶色がかった瞳に吸い込まれていく。
彼女が白く細長い手を僕の首元へ伸ばす。
僕は時が止まったように動けない。
彼女の指先が僕の喉に触れる。
「時間です」
そう言って入ってきた女性は、一直線に彼女の腕を掴み部屋から連れ出す。
彼女の顔は僕の方を向いたまま、表情は変わらない。
扉が閉まる瞬間、彼女は微笑を浮かべていた。
バタンと扉の閉じる音をきっかけに体の緊張がとれる。
わずかに触れた彼女の指先は冷たかった。
なのに触れられた部分から熱が広がる。
僕も部屋をあとにする。
この熱はきっと風邪の前兆だろう。そうでなくてはいけない。
彼女は…
心臓が締めつけられるようだ。
『微熱』
「え〜っ、あっはっ、何その絵柄!」
「えっ?良くない?寒いからさ、買ったばかりのセーター」
「うーん、何か海外ドラマの学生が着させられてそう」
「ええぇ」
「うわぁ、すごいジャケットだね」
「どう?良くない?春らしく明るい感じ」
「うーん、そんな色初めて見たよ」
「そうかな?」
「あれ、クーラー寒かった?」
「いやいや、今日めっちゃ暑いじゃん」
「そうだよね?半袖の方がいいんじゃない?」
「えっ、これ半袖だよ!オーバーサイズってやつ?」
「ごめん、今日仕事だった?」
「今日は休みだよ。なんで?」
「スーツ着てるから」
「スーツではないよ!キレイめコーデにチャレンジしてみた」
ちょっとズレてる君が面白くて可愛くて、今年の冬はどんなセーターを買ってくるのかな。
『セーター』
「本当にいいんだな?」
「ああ、俺を信じろ」
「おい、お前早くしろよ」
「分かってるって」
男は深呼吸をして息を整えるとぐっと指先に力を入れる。
カチッ
「ふぅっ」
「次は俺か」
もう残り僅か、そろそろかもしれない。
「いくぞ」
次の男は意を決し、指先に力を入れる。
カチッ
小さな男が弾け飛ぶ。スローモーションの様に落ちていく。
「うわぁーーー!!」
「やったーー!」
「よっしゃ!お前の負け!」
「そろそろやばいと思ったんだよな」
「ははっ、じゃあ罰ゲームの買い出しよろしく」
「わかったよ」
1人の男は財布を持って部屋を出ていく。
残った男たちは樽型のおもちゃから剣を模した棒を引き抜く。
「あれ、おじさんどこだ?」
「ほんとだ、だいぶ高く飛んだもんな」
男たちは小さなおじさんを探す。
『落ちていく』
「ただいま〜」
「おかえりなさい、あなた!」
「きょうもおしごとたいへんだったよ〜」
「あらあら、おつかれさま!おふろわいてるわよ」
「やった〜」
「2人は本当に仲良しね」
「うん!みきちゃんはぼくのおよめさんになるんだよ!ねっ!」
「うん!ゆうくん、ずっといっしょにいようね!」
「あら〜、私達将来家族になるのね!」
「もう、今から楽しみね!」
「ごめん、もう君とは一緒にいられない」
「なんで?あの人の所に行くの?」
「君には本当に申し訳ないと思っている。だけど頼む。別れてくれ」
「…………っ!」
「はいっ、カーット!」
「今の2人良かったよ!」
「「ありがとうございます」」
「じゃあ、また続きは明日かな」
「はい、よろしくお願いします」
「お疲れ様でした」
「まさか20年経ってもゆうくんと夫婦ごっこするとはね!」
「俺も最初みきちゃんが相手でびっくりしたよ!」
「悲しいお話だったけど、もうすぐ終わっちゃうの寂しいね」
「みきちゃんもそう思ってた?」
「うん、だってあの頃みたいにゆうくんといられて楽しいもん」
「そっか…。ねえ、あの時の約束覚えている?」
「うん?」
「みきちゃん、僕のお嫁さんになってください!」
「はい!ゆうくん、ずっと一緒にいようね!」
『夫婦』
まずい、困った。
目が覚めたらこの状況。
非常にまずい。
慌てて寝ているふりをする。
薄目を開けて右を見ると中年の男が寝ている。
反対を見るとご高齢のおばあさんが座っている。
さらに、右の中年男性の前にはご高齢のおじいさんがいる。
それだけであったら何も問題はなかったのだ。
問題は、自分の前に妊婦さんがいるのだ。
そう、ここは電車の中。
そして端から2番目の席に座っている。
つまり、席を譲れるのは自分のみ。なのに、譲るべき人は2人いる。
どちらに譲ればいいのか。
隣の中年男性を小突いて起こすか?
いや、譲るとは限らない。
自分が降りる駅まであと5駅もある。
この人たちはどの駅で降りるんだ?
まずい、まぶたがピクピクする。
うぅ~〜、どうすればいいんだよぉ〜〜〜!
『どうすればいいの?』