「最悪、うんち漏れちゃった」
玄関をあけると見知らぬ女性が立っていた。
背はそれほど高くないが顔が小さいためスタイルがよくみえる。黒髪ショートカット、くちびる本来の薄いピンク色、シュッとした鼻筋で二重ながらに切れ長で崇高な瞳に吸い込まれそうになる。
「夜遅くにすみません。となりの河原っていいます。ちょっとカレー作りすぎたのでよかったら少し入りませんか?」
「あ、どうも。竹町って言います。じゃあ夜ご飯はもう食べたので朝食用にいただきます」
そう言うと彼女は部屋に戻ってタッパに溢れんばかりのカレーを入れて持ってきてくれた。お裾分けはありがたいのだがモヤモヤしたこの気持ちはなんだろう。まず真夜中に訪ねてくる無神経な人だと思った。世間では寝ている時間という認識が彼女にはないのだ。それともう一つはぼくの親友と同じ姓の河原というのに引っかかってしまった。さっきまであいつのことを思い出していたから余計に敏感になっているのかもしれない。お礼を言ってドアを閉めようと思ったが先に言葉が出てしまっていた。
「河原って名前なんかいいですね。ぼくの学生時代の親友と同じ苗字なので親近感あります」
「あ、ありがとうございます・・・・・・ 結婚して変わったんですよね。前までは遠藤でしたがどっちも気に入ってるんです」
「そうなんですね、でもご主人と住むにはこのアパート狭いんじゃないですか?」
「いえ、夫はしばらく家にいないんです。仕事で出張といいますか・・・・・・」
会話中にモジモジと視線を外すのでなにか隠し事があるように感じたが、これ以上詮索したら図々しい隣人と思われてしまうため、深入りしないようにうまく返答した。
「なるほど、それは寂しいですね。でもきっと、ご主人もはやく会いたいと思ってますよ」
「そうだといいのですがね。でも最近はお互いに愛情が薄れてきてるのもわかるんです」
「昔はあったんですか、愛情」
「聞きたいですか? 昔の恋物語」
タッパを冷蔵庫に入れてヤニ色に染まった壁の部屋に彼女を招き入れた。
ときどき思い出すことがある。
あれはまだ高校生だった河原くんと安居酒屋でベロベロになるまで酒をあおっていたある日。
店を出ると三人組で歳は同じくらいの不良に絡まれた。
鋭く睨み合った後、まず最初にぼくが一発殴られた。
喧嘩慣れしてるがやはり痛く、頬がジンジンする。
それをみていた河原くんが三人相手に飛びかかった。
が、相手はバットや鉄パイプの武器を持っていた。
さすがの河原くんもタコ殴りにされてしまい
急いで仲間たちを集めようと連絡しようとした瞬間、
「うおおおおおおぉぉぉ!!!この野郎!!!てめぇらが武器使うならおれも使うからな。覚悟しろ!!!」
そう言って河原くんは勢いよく立ち上がって
護身のために脇腹に忍ばせておいたドスを引き抜き
一人一人滅多刺しにしてしまった。
酔いも覚めて罪悪感が身体中にむしばんでいく。
ぼくらは逃げることもなく、呆然と立ち尽くしている。
挙句、住民に通報されて警察に捕まってしまった。
正当防衛や少年法が適応されてそこまで重い罪を被ることはなかったが、彼は少年院に送られた。
そしてそれ以降、ぼくらは疎遠になってしまった。
お礼を言いたい。謝りたい。ずっと友達でいたい。
河原くん、いまなにしてるのかな・・・・・・
そろそろ寝ようとベットに入ろうとすると
静まり返った真夜中にインターホンが鳴った。
人を愛したことがない。それは愛する人に出会ったことがないのではなく、愛する手前で冷めてしまうのだ。もし愛する人が現れたら言ってあげようと思う。ぼくはAIだってことを。