星が溢れる夜をみつけて
その中にうずくまって
感覚の世界からぬけだして
わき起こる感情を全部エネルギーにして
燃え尽きてみたい
-【星が溢れる】
基本的に私は、誠意を示そうとして、人と目を合わせている。相手の心を垣間見ようとして顔を覗くことってほとんどない。
文章の描写ではよく、天気に感情を表させるけど、「○○な目をしてる」とか「いい目をしてる」なんて描写も同じようなものじゃないか、って思ってしまうほど。
大切な人の表情をゆっくり眺めていられるうちに、目を見て何かを覗けるようになりたいものだな。
-【安らかな瞳】
高校一年生の夏頃、東南アジアのどこかの島国の人々と中継で行うワークショップに参加したことがある。テーマはSDGsに絡めたもので、その国の人々の生活や、サステナブルなホテルの経営などを見せてもらった。最終日には、日本に住む学生という立場の私たちが考えたこと、『世界を持続させていくために』私たちができること、などを発表した。その時の発表で私が今でも覚えているフレーズが、同級生の放った「愛は世界を救う!」と言うことばだった。
キリスト教には少々詳しいから、「隣人愛」と言う言葉の解釈は自分なりに持っている。
それは「ひとを尊重する心」に近いと思う。
宗教ってよく知らないうちは何故だかあまりいいイメージを持っていなかったけど、宗教が生まれるのは人が生きていく上で必要だと思ったからだろうし、それを実感するような教えによく出会う。哲学の一つの形として参考にしたいと思っている。(未熟者の、宗教に対する個人的な意見です。)
…っていうのを踏まえると、「『隣人愛』は世界を救う」と思えてくる。
でも、単純な言葉としての「愛」って、「尊重」とかよりずっと制御出来ない不思議なものだ。だから、愛は己を救う可能性がある、とは思えるけど、愛が何かを成し遂げるのは、小説の中か偶然の積み重ねのどちらかだ思う。
そうやって考えておかないと、愛で自分を救えなかった時にどうしようもなくなるから…。
-【愛と平和】
過去の自分は、私を形作る全てであって、
基本的には【過ぎ去った日々】には価値がつけられない。それは、必要だったけど必要じゃないものだと思う。だって今の私はそれらを「持っている」から。
ただ、「日々」を「ここ一ヶ月」とか「一年」とかにしてみると、その中で自分に変化があったと感じたなら、ちょっと面白いことが書けそう。
「お金」ってひとまとめに言っても量によると思うけど…
仮に億万長者だったとして、
大量のお金を払ってでも守りたいものは、、
億万長者なら大量のお金と言っても生活には困らないだろうし、設定が成立しなさそう。
ただ、お金を持っていることそのものに執着していたら話は別。守りたいものはお金なんだろう。
なら仮に、すごく貧乏な人だったとして、
守りたいものは自分の生活だろうか。
或いは家族の生活か。
じゃあ私がお金より大事だと思うものは?
金を稼いだこともない人間がこんな質問に答える資格はあるのだろうか、とも思うが、
「お金より大事なもの」なら、お金で買えないものになるだろうか。
私にとってそれは他者との関わりだ。
自分の中で生きていこうとしていたら、気づけなかったことがたくさんあるから。
他者と関わることで、自分の生き方を見つけられると信じてるから、そう思う。
-【お金より大事なもの】