高校一年生の夏頃、東南アジアのどこかの島国の人々と中継で行うワークショップに参加したことがある。テーマはSDGsに絡めたもので、その国の人々の生活や、サステナブルなホテルの経営などを見せてもらった。最終日には、日本に住む学生という立場の私たちが考えたこと、『世界を持続させていくために』私たちができること、などを発表した。その時の発表で私が今でも覚えているフレーズが、同級生の放った「愛は世界を救う!」と言うことばだった。
キリスト教には少々詳しいから、「隣人愛」と言う言葉の解釈は自分なりに持っている。
それは「ひとを尊重する心」に近いと思う。
宗教ってよく知らないうちは何故だかあまりいいイメージを持っていなかったけど、宗教が生まれるのは人が生きていく上で必要だと思ったからだろうし、それを実感するような教えによく出会う。哲学の一つの形として参考にしたいと思っている。(未熟者の、宗教に対する個人的な意見です。)
…っていうのを踏まえると、「『隣人愛』は世界を救う」と思えてくる。
でも、単純な言葉としての「愛」って、「尊重」とかよりずっと制御出来ない不思議なものだ。だから、愛は己を救う可能性がある、とは思えるけど、愛が何かを成し遂げるのは、小説の中か偶然の積み重ねのどちらかだ思う。
そうやって考えておかないと、愛で自分を救えなかった時にどうしようもなくなるから…。
-【愛と平和】
3/10/2026, 4:55:35 PM