「もしも君が」
もしも君が居なくなったら、なんてふと考えて、怖くなる。
若い頃の私は割と荒れた生活をしていて、自暴自棄になっていた部分もあったから、正直「怖い物」ってなかった。
いつ死んでもいい、って刹那的な生き方をしていたし、心残りになる程執着する物もなかった。
それが君が生まれてから、自分よりも大切に思える存在が出来て。
初めて失う事を怖いと思った。
世の中の人って、皆こんな怖い思いを抱えて生きてるんだ、って思ったら、それまで自分が強さだと思っていた物が、ホントにちっぽけで、馬鹿らしく思えて。
自分の馬鹿さ加減に、世間知らずさに、もう笑うしかない程だった。
そして、今でも時々考える。
「もしも君が」
生まれなかったら、私の人生は間違えたまま違う方向に突き進み、何処かで馬鹿な死に方をしていたと思う。
それが、君が生まれてきてくれた事で、こんなにも怖い事を知り、失う痛みを想像してやり場のない不安を感じて。
そして、生きがいを、生きる理由を感じる事が出来た。
「もしも君が」
ずっと幸せで居てくれて、君の人生の最期の時にも、「私幸せだったよ」って言える人生を歩んでくれたなら。
そんなに嬉しい事はないと思う。
苦労してもいい、傷ついてもいい、悩んでもいい。
最終的に君自身が幸せと思える、納得出来る人生を歩んでくれるなら。
それだけが私の今の望みで、きっと、何よりも私の幸せだと思う。
心より願う。
君に、幸あれ。
「君だけのメロディ」
ちょっとした一人言や、失敗した時に出る「ヤバっ」て声すらも、君の口から奏でられれば、一つのメロディーになる。
ちょっとした仕草や、ふとした時に見せる表情も、全てが絵になり、舞台のワンシーンを観てる気になる。
それは多分、僕が君を堪らなく好きだからだと思うんだけと……照れくさいから、君には言わないておこう。
「I love」
love の後に続く言葉は何だろう?
人?動物?物?場所?仕事?趣味?
何であれ、好きな人や物がある事は素晴らしいと思う。
私も、娘とか、動物とか、趣味とか。
loveの後に続く言葉が幾つも浮かんだから、まずまず幸せだと思う。
そして、その幸せを与えてくれた人や物に感謝している。
いつも、有難う。愛してるよ。
「雨音に包まれて」
晴れの休日は、家事に追われる。
洗濯して、掃除して、余裕があれば洗車もして。
でも、雨の日は、洗濯はさすがにサボれないけど、その他は「次の日でいっか」ってなる。
そして、浮いた時間を後回しにしていたタスクに費やす。
大概はそれで1日が終わるんだけど。
でも、梅雨時期は。
雨の日が多いから、なんだかんだで溜めてたタスクも終わり、そうなると後はホントの自由時間。
ゆっくりとコーヒーを飲みながら、なかなか読めなかった長編小説に取り組んだり、ビーズやレジンのアクセサリーを作ったり。
外に出られない分、家でじっくりと過ごせる。
日頃は鬱陶しいと思う雨も、恵みの雨に感じて、優しい雨音に包まれながら、有意義な時間を過ごす。
それが、私の梅雨の楽しみ。
「美しい」
世の中には醜い物が沢山ある。
人を妬む心。
自分さえ良ければいいという思い。
権威におもねり、大事な事を曲げてしまう事。
外面だけ飾り立てて、伴わない中身。
見ているだけでも疲れるし、そうなる理由も解らなくて、頭の中に「何で??」があふれてくる。
でも、それと同じ位、美しい物も沢山ある。
人を思い遣る心。
弱い者を慈しむ心。
多数の意見に流されず、正しい事を「正しい」と言える事。
泥臭く、汗にまみれて、でも一生懸命に頑張る姿。
とても美しくて、尊くて。
そんな姿を見ると、私も頑張らなきゃ、とか、間違えずに襟を正して生きていこう、とか思えて、気持ちが引き締まる。
醜い物を見る目も、美しい物を見る目も、同じ自分の目。
本当に美しい物は何か、醜い物は何か。
見た目だけに騙されずに、きちんと見極める目を持ちたいと思う。