現実逃避
北の大地ヘルガーデン。モンスターが蔓延る極寒の大地。歩けば冒険者を餌としか思わない高レベルのモンスター達が牙を剥き出して襲いかかってくる。
私は慣れた手つきで武器を振り回す。私の身長より巨大な両手剣「破壊の帝王」は向かってきた豹のようなモンスターを両断した。血飛沫は飛ぶが、それは地面に落ちるとホログラムとなって消える。両断された体から漏れるのは血液ではなく塵のような演出。ウインドウに表示されるレベルアップの文字。経験値とコインとドロップアイテムが表示される。
息を吐く。風景は吹雪いているというのに私の服装はとても軽装だ。耳当てもフードも防寒具もなく、和風をモチーフにしてはいるが現実世界にはありえないデザインの服装。鎧も身につけておらず、布切れだけの装備だが、寒くもない。何も感じない。
画面越しの私が操作するキャラクターは私が動かす通りに歩みを進める。もうすぐエリアボスに差し掛かる。
ありふれたPCゲームの世界を画面を映し出す。もうこのゲームにログインして何時間になるだろうか。帰ってきてから最低限の食事と入浴を済ませてからだから、数時間はやっていると思う。もう少しプレイしたい精神と裏腹に体は眠気を覚えていた。疲れた目を抑える。もう一戦だけバトルしたら現実逃避のこのゲームをやめて寝ることにした。ずっとこのゲームの世界に入り込んでいたいが、明日も仕事という現実が時計の時刻とともに襲ってくる。
ずっとこのままゲームをしていたいが、ゲームをするための電気代も、ネット代も家にいるための家賃も稼がないとゲームができない。仕方なく、行きたくもない会社に行き、生きたくもない現実世界を生きている。
ゲームはいい。ゲームの中にはムカつく上司も、嫌味な同僚も、人間を苦しめる異常気象も、戦争も誰かの不幸も何もない。
ただ、敵を倒し、強くなる。それだけでいい。
誰も、何も、ない。
いるのは、自分の理想を詰め込んだキャラクターのみ。
仮想世界に逃げ込んだ私は再び画面を見る。
現実逃避はまだまだ終わらない。
題 同情
「あなたは少し人と違うから」
「ちょっと、変わってるね」
「ねえ、大丈夫?」
「なんか、合わせるの大変で」
今まで、いろんな「同情」を受けてきた。
私は人と少し違う。ずれていると言っていいらしい。病名がついているらしいが、それを言うともっと同情の言葉と自分勝手な思想が他人の口から聞こえてくるので黙っている。所詮、これは自分の感情の物差しが人とは違う長さなので、私は社会に当てはまらない。もう割り切っている。
それでも、ふとした瞬間に
「大丈夫だよ」
「もうちょっと愛想よく」
「ねえ、辛いなら言って」
そう言って、私が話して、わかってくれたことはない。
「一人でいるのが好きです。人と話すのは苦手です。アレルギーで食べ物も制限があります。運動は生まれつき苦手です。お酒も飲めません。飲みたくありません。家庭が複雑で、父親も母親も昔蒸発しました。結婚なんてしたくありません」
正直に答えると、一拍の後に、皆が浮かべるのは愛想笑い。
そして貼られる「可哀想な子」のレッテルはもう何枚目だろうか。
これが私なのに。あの子は可哀想な子。
親がいない。好きなご飯も食べれない。結婚しないなんて、女の幸せなのに。
ため息。
貴方の中で、私は可哀想ですか。
暴力と育児放棄を続けた親は今刑務所の中です。
食べ物は気をつけさえすれば美味しくいただけます。
お酒は飲めませんが居酒屋の雰囲気は好きです。焼き鳥の美味しいお店はいっぱい知ってます。
運動は苦手ですが、休みながら散歩するのは好きです。暖かい日差しを浴びるのは好きです。
結婚願望がないとは言えませんが、日々お金を稼いで、老後の資金はバッチリです。年金も真面目に納めています。今度旅行に行きます。これは老後まで遊べる趣味ではないでしょうか?
私は、可哀想ですか?
今が楽しい私は、可哀想じゃない。
貴方が決めた「同情」のレッテルを勝手に私に貼らないで。
そして今日も、相手が無意識に張ってくる同情のレッテルを引き剥がす。