LALALA Goodbye
昨日のお題を描き損ねて、さっき投稿してもう1回開いたらお題が変わっていた。
さっきまでの私の思考は終わり。
今度はこのお題について考えている。
ほんの5分前の私、G oodbye。
5分前と変わらない場所で、変わらない事をしていても時間は常に動いている。
時間は待ってくれないね。やろうと思ったらその時やらなきゃね。
LALALA G oodbye、1秒前の私。
投稿ボタンを今から押すのは未来、押した後は過去。
だから今の私にさようならを。
もうその時の自分には2度と会えないのだから
どこまでも
どこまでも続いていくと思っていた。
あれが好き、これが好きって気持ち。
子供の時は全てが思い通りになると信じていた。
なりたいものにはなんでもなれると思っていた。
いつからだろう、あれは無理、これは無理と思うようになったのは。
でも不思議だ。
最近はまたああなりたい、こうなりたいと思う気持ちが戻ってきている。
人生の時間が短くなればなるほど、あれもやってみたいこれもやってみたいと思うようになるのかな。
無理と決めつけていた時間はもったいないとは思うけど、それもそれで今の自分ができている。
どこまでも続くようで必ず終わりの来るこの時間を、ここからは無駄のないように使っていきたい
愛する、それ故に
愛する、それ故にあなたのためと言う。
本当にそう?
自分に自問自答してみる。
その愛は本当?
例えば、ベランダの野菜や花たち。
少しでも元気がないと気づく。あれ?水が足りない?
暑すぎたかな。寒くなってきたから少し日がさす方へ移そうか。
ここには、無条件の愛がある気がする。
愛する、それ故に日々気にかける。
かけすぎても足りないほどだ。
これが、対人になるとどうなるのか。
子供たちにちゃんとした大人になってほしい。
親なら誰でも思うこと。
身近な人たちに対して、そうでない人に対しても人には期待してしまうのはなぜだろう?
愛を掲げてあなたのためにと、どれだけ自分のエゴを押し付けているのか。
ベランダの子たちの未来など見ていない。
期待?はしていないな。
彼らに対しては今を見ている。ただ、彼らが明日も元気に過ごせるようにと。
おいおい、ろくでもない私という人間よ。
あなたはそんなえらいのかい?
ベランダの子達と人の違いは?
そんな事もわからずに、愛を押し付けてはいけないよ。
なぜだか自制になってしまった。
愛って難しい。
静寂の中心で
まっすぐ歩く。
右左と唱えながら。
だんだんと心が落ち着いていく。
自分の声が遠くから聞こえて、足音と重なる。
気がつくと唱えるのをやめていて、なんにも考えてないということに気づく。
気づいたらまた唱え始める。
この合間は静寂。
体だけが、ざっざっと動いている。
静寂の中心は気づかないこと。なんじゃないかなぁ。
燃える葉
秋になると近所の坂道の街路樹が色をつける。
何という名前なのかは知らないけれど、真っ赤になる彼らを見ると秋を感じる。
5月になれば新緑が燃えて
秋になれば赤く燃える。
1年のうちに季節ごとに燃える彼らを見ていると、自分は何をしてるんだと思う。
今は100年時代と言われているが、日々を燃えているか?あなたも私も。
明日があると思うなと、自分にいつも思うこと。
明日目が開くことが奇的だと思えば、くだらない悩みを持つこともないはずだ。
そう思っていてもすぐに忘れてしまう。
情けなし。
燃える彼らと惰性の私。
生きてるのはどっちだ?