ちどり

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5/13/2024, 6:20:31 PM

日々過ごしていると、大小かかわらず『うっかり』というのはどこにでも転がっている。

地図の読み違いで道を間違え、迷子になったり

ほぼ一日かけて書いた論文や小説が、PCの不調でまっさらになったり

ゲームのセーブができていなかったり

特に『冒険の書が……』という言葉を聞くと頭を抱える人もいるだろう。

そういう時に、何に消失感を感じるだろう。

浪費した体力なのか。

自分が捻り出したアイディアなのか。

集めてきたアイテムや、苦労して手に入れたレア物か。

どんなことにせよ、『うっかり』には時間の消失が存在する。

因みに私はここ数日、「書いた内容を切り取って貼り付けたら貼り付けをミスって消える」という『文章版 消しゴムマジック』に心が折れかかっている。

いいか、コピペするときは切り取りじゃない。

コピーだ!

忘れるな、コピーだぞ!!!

泣いてないぞ!!!

「自戒」
⊕失われた時間

5/12/2024, 12:18:15 PM

「私もついに、大人になるのね」

振り向き様に寂し気な表情を浮かべて笑む彼女は、
大人の姿をしていた。

――――――――――――――――

彼女は明日、この孤児院を卒業し
私の知らない男性と結婚する。

幼い頃から共に過ごしたここを出て、
私の知らない場所で今後を過ごすのだろう。

友人が見初められてから、私達の別れの日は決まっていた。
日毎、彼女は私をおいて大人になっていく。

昼間も大人の顔をした彼女が孤児院を出て、夕食後に帰ってきたのを知っている。

消灯後に彼女の部屋の戸を叩くと
扉は直ぐに開かれ、中に招き入れられた。

ベッド横にあるライトだけが頼りで、弱々しい灯りが部屋を照らしていた。
まだ化粧を施したままの彼女がデスクの椅子に座ると、デスクに置いていた贈り物らしき口紅をそっと引き出しにしまう。

「思ったより、いい人よ」

そう微笑む彼女に施された化粧は薄闇でもわかるほど
肌白く、鮮やかな紅が強調されたものだった。

彼女にはもっと淡い色の口紅が似合うのに。
そう思いながら、デスク横のベッドに腰掛けると彼女も私の隣に座り直した。

二人で黙って見つめ合う。
何分経ったか、見つめ合ううちに
彼女の口紅だけが薄暗い部屋に浮かんでいた。

この口紅さえ消えれば。
紅が憎くて、彼女の唇に指を這わす。

綺麗に縁取った口紅が、指を通った跡に残り
先程よりも紅の色が薄くなった。

彼女は目を伏せて私の指の動きに集中し、させるがままにしている。
唇から頬、首にかけて赤い筋ができた。

今度は彼女の方から両手を伸ばし、
私の頬を包むと自分の額に私の額を合わせた。

目線を上げると、直ぐ側に彼女の瞳が見える。
覚悟を決めた瞳が揺れる。
潤んだ瞳から、今すぐにでも雫が零れ落ちそうだ。

明日の朝になれば、この関係が人に知られることはない。
大人になれば、私達は永遠にこの手を取り合うことはできない。

それならば今夜だけはまだ、子供のままでいい。

「大人になれば私達は」
⊕子供のままで

5/12/2024, 6:09:10 AM

待ちに待った日。
朝起きた時……いや、その前日から準備は始まっている。

前日の朝から美容院に行って、推しのカラーに染めて
午後にはネイルサロンで、推しの概念デザインでネイルしてもらう。

夜になれば明日の準備を済ます。

帆布のバッグを推しの缶バッジで埋め尽くす。
うん。痛バッグ、よし。

ペンラと応援うちわ、よし。

推しのブロマイドとアクスタ、よし。

チケット、よし。

グッズのための軍資金、よし

当日はグッズのために早めに家を出る。
鏡の前で身だしなみを整える。

メイク、よし

ヘアスタイル、よし。

推しの概念ファッション、よし。

さぁ、今日は待ちに待った推しのライブ。

ペンラと応援うちわを両手に惜しみのない
推しへの愛を叫びに行こう。

「推しのあなたに会いにゆく」
⊕愛を叫ぶ。

5/10/2024, 10:46:14 AM

踊る影

顔を上げれば

モンシロチョウ


「散歩道での出来事」
⊕モンシロチョウ

5/9/2024, 3:44:35 AM

慌ただしい数日が過ぎ、先程まで遊びに来ていた友人を見送った後。

静まり返ったリビングで一息つく。
惰性で周囲を見渡すと、案の定シェルフに白い兎の人形が置いてあった。

手に取ってみると、手のひらにすっぽり収まる瀬戸物の人形はひんやり冷たく、少し重たい。
一周見たあと、再びシェルフに戻す。

人形の持ち主――友人は、年に一度だけ遊びに来る。

事前の連絡はない。
実のところ、連絡先も知らないのだ。
出会いもあまり記憶がないが、小学生くらいから知っていた気がする。

決まって同じ月、同じ日から約一週間ほど滞在して去っていく。

いつからかそれが暗黙の了解になっていて、僕もこの時期になるとなるだけ予定を入れないように調整していた。

天の川を渡って再会する彦星と織姫のようだが、そんなロマンチックな雰囲気でもない。

数日間、語って遊び明かしてまた来年。
雨が降れば家にいるし、晴れた日には外で遊ぶ時もある。
それ位、気軽な関係だ。

そして去り際には、この兎の人形のように毎回『忘れ物』をしていく。

別れの前日に喧嘩して気まずいまま見送っても、必ずどこかに置いてある。

喧嘩した年は罪悪感を抱えた一年になるが、それを目につく所に保管しておく。
次の年に会ったらこう言うのだ。

「また忘れ物してたぞ」と。

忘れ物の主は態とらしく笑いながらそれを受け取り、近況を話し始める。
それがいつもの流れだ。

それまでは、時折『忘れ物』に目を向けては暗黙に交わされた約束の日を待つ。

一年越しの約束を楽しみにしているのは、僕だけではないと信じて。


「暗黙の約束」
⊕一年後

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