あたしには、名前がない。
正確に言うと、あたしたちは分離しなかったから、名前は同じなのかも。
認めてるもんね? あたしのこと。
自分が創り出した女。異性愛規範と年功序列と性質に最適化した架空の存在。
名前を付けたら、終わりだったよ。
あたしたちは、分かたれて、心はバラバラ。感情は、ぐちゃぐちゃ。で、入院。
よかったね。あたしに名前を付けなくて。
いつも、目で追ってる。
あ、またなんか考え事してるなーとか。今、頭の中で会議してんのかなーとか。
煙草の持ち方が、ガラ悪りぃなーとか。哲学書を壊れ物みたいに触るなーとか。
そういう一挙手一投足が気になる。
友達だから? 仲間だから? 恋人だから?
「愛してる」と言っても、同じことを返さないおまえは、正直者だ。
あたしだけ置いてきぼりなんて、酷い。
あの女の夢を見た。
おまえは、納得して消えたワケだから、これはオレの妄想みたいなもん。
あの女に嫉まれる夢。でも、あの女=オレなんだよな。
化粧を落としてみろよ。オレと同じ顔だろ?
オレもおまえも、アイツが好きで、どうしようもない。
さあ、もう一度、アイツの隣に立とう。
昔、恋人が死んだ。死ぬ気があったのかどうかは、分からない。
色々あって、遺骨は俺が海に持って行った。
たまに、その海を訪れる。
その時だけは、アイツの愛煙していた、ほんのりバニラの香りがする煙草を吸った。
遺骨を抱えて走るなんて、若いから出来たことだろう。あの日のことは、今でもよく覚えている。
ただ美しいだけじゃない、泥臭い思い出だ。
眩しい太陽が嫌いだ。途方もない青空が嫌いだ。
日の光は、オレの居場所を奪っていく。
オレが死んだ後も、世界は続いていくのかな?
オレが死んだら、何もかも消えてしまえばいいのに。
小学生の頃のオレは、そんなことばかり考えていた。