おまえが俺を嫌いたかったことを、実は知ってる。
寝言で「嫌い」と呟いたから、なんの夢を見ていたのか訊いた。そしたら、「おまえ」と言われた。
ああ、俺のことを嫌いたいんだな、と。そういう真実に辿り着いたことを、俺は決して言わない。
言えば、おまえが傷付くからだ。
水面下でもがいてることくらい、見逃してやれるが、きっとそれも嫌がるんだろう。
箱の中に閉じ込められた。
犯人は、もちろん、おまえ。あんなに、俺の身に起きた命の危機を気にしていたのに。いや、“だから”なのか。
この箱の中には、必要なものはなんでもある。おまえが用意してくれるから。
ただ、俺を守りたくて。安心したくて。きっと、そう考えて、おまえは俺を囚えている。
俺への好意だけで動くおまえだから。俺への愛情はないと言っていたおまえだから。いつまでも祟ると宣言したおまえだから。
おまえへの情があるせいで、俺は縄抜け出来ずにいる。
一度、恋を失ったことがある。
おまえが、記憶を封印されてしまった時。おまえは、俺との思い出をほとんど失い、しつこく言い続けていた“好き”も失くした。
おまえの心を守るため。病んだ精神を治すため。そうやって、聞き分けのいい振りをするしかなかった。俺には、どうしようもないことだから。
おまえのことを、救えなかった。手のひらから、こぼれ落ちてしまった。
でも、おまえは、案外しぶとくて。自分で自分を拾い集めて、俺の元へ来た。
俺は、おまえに救われたんだ。
オレの名前って、正直者っぽいよな。
全然そんなことないって、おまえは骨身に染みてるだろうけど。
親の祈りを、オレは踏みにじってるのかな?
おまえは、オレの光だから、ぴったりな名前だ。
ただ、オレは自分の“好き”しか口に出来なくて。オレの“好き”は、“呪言”だから、ずっとずっと、おまえに迷惑かけてる。
だけど、おまえといれば、オレは…………。
救われてるよ。本当に。
「雨は嫌いなんだ。頭痛がするから」
生前、おまえは、そう言っていた。
梅雨入りしたここにおまえがいたら、さぞ苦い顔になったことだろう。
いつもなら、煙草に火を着けて供えるが、この時期はしない。代わりに、缶ビールを一本供えた。
空が泣いてくれているから、俺は泣かない。