ちらちらと雪が降るなかを、2人で歩いた帰り道。
いつも2人で楽しく話しながら通るこの道も、今日はなんだかいつもと違っているように感じるのは、私と君との間に少しの緊張があるからなのか。
いつも隣を歩いているのに、少しだけ前を歩く君の背中はなんだか知らない人みたい。
自転車のペダルが無機質にからからとなっている。
どんな風に君の名前を呼んで、どんな会話をしていたのか、今日は何も分からなくなってしまう。
分からないから荷台を思い切り掴んで、強制的に進行を防いだ。
「プリン作った、から。食べる?」
目が泳ぐ。たどたどしく言葉を発するたびに、汗が吹き出して体が暑くなった。
「うん」
いつもよりぶっきらぼうな返事。交わらない視線。
今日はバレンタイン。
【バレンタイン】
目覚めの悪い朝。
検討はついている。
最近、夢に出てくる山田くんのせい。
山田くんというのは、私の初恋の男の子で、中学校時代の私の心を奪ったたった1人の男の子。
運動部だった痩せ型の彼は、クラスの中心的なグループにいつつ控えめで、そんなところが好きだった。
(1度も同じクラスになったことはない)
私はそれはもうたくさんアピールしたけれど(今思うとあんなに積極的なことは出来そうにない)、でも、山田くんは奥手だったので私たちは毎日メールを送り合うだけの仲だった。
卒業式の時に最後にもう一度「好き」と伝えると、「俺も好きだったよ」と言われた。
呪いみたいな言葉。
それから10年、私はたくさん恋をしたし、今は大好きな彼と同棲をしていて今年結婚をする。
彼も2年ほど前に地元から離れたところで、私の知らない人と結婚をしたと聞いた。
山田くん。
私はもう覚えてないよ、君の顔も声も。
ずぅっと前に忘れてしまった。
それなのに私に呪いをかけた君は夢の中に出てきて、もがいてもどうしようもない苦しさだけを残して消える。
とても身勝手だと思う。
【海の底】
ぬるい絶望のなかで生きてる。
泣くほどでもないような。まるで、38℃のお風呂みたい。
時々、泣きたくなる時がある。
それは、ぬるい絶望のなかで見つけた、あまりにもちっぽけな悲しみ。
涙が込み上げそうで胸が詰まる。
詰まるだけ。
絶望に浸って泣くには強くなりすぎた。
強くなりすぎちゃったな。
【柔らかい雨】
新調したイチョウ色のカーテンを開けて、淡い日差しを浴びる。
ベランダに繋がる掃き出し窓を開ければ、麻で出来たレースカーテンが大きく膨らみ、ひんやりとした肌寒い風が入り込む。
たちまち部屋が秋でいっぱいになった。
頂きもののカモミールハニーティーが蒸れるのをゆっくりと待つこの時間が、私は好きだ。
秋のこんなに爽やかな日は、お気に入りのブランケットに包まれながら、秋いっぱいの部屋で本を読むに限る。
【秋晴れ】
五感の中で、最も強く記憶に残るものは『臭覚』です。
そう誰かが言っていた。
私はそれを信じて疑わない。
思わず口から溢れた「好き」に、目を丸くして、それから困ったように笑っていた。
ふんわり香る甘くて爽やかな香り。私の初恋。
【忘れたくても忘れられない】