今日の心模様
「今日は、雨かぁー。」
朝、起きながら外を見て、口に出す。
ずっと、晴れなわけはないのに、雨の日は気が重い。
でも、自転車通学になった今では、歩きが
貴重な、親友との会話時間へと変わる。
制服が濡れて、ぐだぐだ言いながらも、
親友との、会話は弾む。
“今日の心模様”は、絶妙に晴れてます。
たとえ間違いだったとしても
今は、人生100年時代。
あと、何年生きなければならないのだろう、と
ため息が出る。
たった一度きりの人生なのに、
小さい頃の記憶は勿論、数年前の事を覚えていない。
それが、悔しくて堪らない。
人間の脳が、こうなるのが決まっているとしても、
なんて、意味のない機能なのか、と思う。
記憶がなくても、“たとえ間違いだったとしても”、
誰かを好きになり、愛し、憎み、羨んだことには
かわりない。
雫
“雫”が集まれば、雨となる。
だが、雨と言われて、“雫”が連想されることは、
少ないだろう。
俺は、涙も同じだと思っていて。
涙と言われて、“雫”が連想されることは、少ない。
しかし、それでいい。
悲しい“雫”が目に溜まって、落ちていくのは、
自分だけでいい。
何もいらない
「今月、誕生日やん、何が欲しい?」
親からの言葉。
「すごいじゃん、何か買ってあげる!」
親戚や、いとこの言葉。
「○万円分の、商品券を給付します。」
市からの言葉。
なんかさ、そうじゃないんだよ。違う。
誰も欲しいなんて、言ってないじゃんか。
「“何もいらない”から、構わないでよ。」
無色の世界
皆は色とりどりだなぁ。と、ときどき思う。
みーんな違う色をしていて、明るさも違う。
暗い人や、明るい人。暖色の人や、寒色の人。
その人の、個性が出ていて面白い。
別に、目に見えるわけではないけれど。
なんか、オーラというか雰囲気というか。
それと比べて、自分は無色だと思う。
純白の白でも、漆黒の黒でもない。
透明、とでも言おうか。
けれど、別に嫌とは思わない。
でも、これは自分にしかない“無色の世界”だから。