Seaside cafe with cloudy sky

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6/30/2024, 6:53:35 PM

【赤い糸】

都から落ちてこられた検非違使の尉殿御一行が数日前から近くの寺に滞在されていると小耳に挟み、一目お姿を見てみたいもの……とその寺までこっそり忍び歩きに行った。着いてみると同じ考えのものがちらほらいて、キョロキョロと境内をうろつきさまよっていた。探し回っている様子から、まだ誰も目にした者はいないようだ。きっと奥に引っ込んでいらっしゃるのだろうと見当をつけ、境内を出てそっと一人で裏手の林へ向かった。ひょっとしてそこから奥の房が覗けるかもしれない。すると思ったとおりで、僧房らしき堂舎が望めた。さっそく傍の木に身を潜めて房を見渡してみると……おお、あの花頭「窓越しに見えるのは」目にも艶やかな大鎧!虫干しでもされているのだろうか、房の片隅に一揃え据え置かれてあったのが真っ先に目に入った。思いがけない眺めの見事さにしばし見惚れていると、サッと中から御簾が下ろされてしまった。これは……房に居た御仁に垣間見の気配を察知されたからであろうか?だとすればそれは心耳心眼の士のなせる御業、常勝無敗のあの方の所作に間違いない!いや残念。お姿を見ることは叶わなかったが、見事な大鎧はしかと目にすることができた。このあたりで満足して退散するとしよう。
八幡大菩薩さま、どうかかの御仁が無事に落ちのびられますよう、お願い申し上げますぞ ――

6/29/2024, 4:45:16 PM

【入道雲】

「サヨちゃん、チヨちゃん、またお願いしたいんやけど」
縁側で涼んでいたら近所の今井さんが庭から訪ねて来て、白い布と「赤い糸」が通った針を私たちに差し出した。
「ああ、千人針やね。今度は誰のん、おばちゃん?」
先にチヨが手に取り、スイスイと齢の数だけ玉結びを縫いつけながら訊ねる。今井さんは縁側の私の隣に腰掛けてひと息つき、手ぬぐいで額の汗をふきながら言った。
「辰悟のんよ。なんやすごいお船に乗組みが決まったそうで……」
今井のおばちゃんはなんとなく萎れた口調で、どこか遠くを見つめて答えた。うだるような梅雨明け前の昼下がりの休日。空には夕立ちを予感させる雲がたくさん浮かんでいる。
「辰にいちゃんのかあ……そっかあ……」
うまく言葉を返せず、チヨは今井のおばちゃんの横顔を見つめ、はい、サヨちゃん。と、縫い終えた千人針の布と糸つきの針を私に回した。
「――子だくさんで騒がしかったんが嘘みたいやわ。おばちゃんとこ、ついに和美と女二人暮らしになってもうた……」
そう言うとおばちゃんは寂しそうに小さく笑った。男の子ばっかりの大所帯やったのに、みんな次々と戦場へ行きはって。ついに末の辰にいちゃんも……お子さん、一人娘の和ちゃんだけが残ってんのね。海軍士官の旦那さんは全然帰ってきはれへんし……辛いやろうなあ。針の手を止めずに心のなかでおばちゃんに同情した。
「……よし、できた。みんな無事に帰ってきはるよう、特に念込めて縫っといたから」
ようやく縫い終えて、はい、と頼まれたものをおばちゃんに返す。なんとなく湿っぽくなった雰囲気を紛そうとしてか、おばちゃんはわざと明るく振る舞って、おおきに〜と芝居っ気たっぷりに千人針をありがたく押しいただいて受け取った。
「息子らので毎回ゴメンな、サヨちゃんチヨちゃん。元年生まれの、しかも双子のあんたらにはほんまにお世話になるわ。これ、ほんのお礼に取っといて」
と風呂敷を広げ、転げ出てきたとうもろこしを何本も分けてくれた。私たちはキャッキャとはしゃぐ。
「じゃあもうお暇するわね。雨の匂いがしてきたし」
おばちゃんが帰って行ったあと、すぐにポツポツと降り出してきてやがてどしゃ降りとなった。けれど日が暮れた頃にはピタリとやんで夜はずいぶんと涼しくなった。そしてその日の晩ごはん時、工場の勤労動員から帰ってきた両親に、二人で今日あった今井さん家のお話しをして、茹でたとうもろこしを家族みんなで美味しくいただいた。

6/28/2024, 1:32:19 PM

【夏】

―― をや?先程なにか光つたやうな……
續いて空で轟く音が聞こえた。遠雷だらうか?ぼうつと異變を覺えた方角を見て居れば、遠目でも分かる程のモクモクとした毒々しい色彩の「入道雲」と思しきものが靑空に湧き上がつてきた。あちらは確かドヲムがあつた邊りではあるまいか……珍しく空襲の來ない、福の神の地であると思つて居つたのだが……もしや……!
かうしては居れぬ、畠仕亊は後だ!一刻も早く歸宅してラヂオ放送を聽かねばならぬ。彼の地でなにか一大亊があつたやも知れぬのだ!急げやいそげ、矢よりも急げ。進め一億火の玉だ……

6/27/2024, 1:00:13 PM

【ここではないどこか】

「夏」の扉を開けて
私をどこか連れていって ――

―― 昭和追憶 (´ ˘ω˘`) シンミリ ……

6/26/2024, 3:59:06 PM

【君と最後に会った日】

思ひきやおなじこの世にありながらまた帰り来ぬ別れせむとは (中世日記紀行集*九州の道の記より) 

めぐる世ぞ「ここにやあらずいづかた」かのちの世なりてもまた帰り来む (腰折れ返歌*^ω^★)

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