私の名前
青空のトビウオは魚ではなく 雲 です
えーーっと、
これでいい?笑笑笑
👆🏻やる気のない日こうなります
視線の先には
そうそう!思い出した!
娘が幼稚園に通っていた頃の話ですが
帰り道は地区毎に先生が1人付いて
お迎えの場所まで何人かで歩いて連れてくれてたんです
なにぶん田舎だから
周りは田んぼなんですよw
そこで同じ地区のママさん達とお喋りするから
子供は田んぼやあぜ道を通る水路で遊ぶわけです
ふと見ると いつもとても活発な娘が
微動だにせずじっと下を見ているぞ?
その娘の視線の先にはなんと1000円札!
「ママ!せいえんあった!!」
と拾って手を高く上げる娘
他のママさん達からの笑い声と拍手w
私が拾ってたら
「田んぼの神様、お恵みありがとうございます」
なんて言ってちゃっかり頂きますけども
何せ幼稚園児が拾った訳ですからね?
ここは教育せねばならないのが親の役目なのでね?
行きましたよ 交番に
娘と一緒にね
「おまわりさん!せいえんひろいました!!」
って言う娘 可愛かったですわぁー
「せいえん」って 笑
諸々お話を聞くと
1年経過しても持ち主から紛失届けが来なければ
その「せいえん」は頂けるという事で
待ちましたよ? 1年 笑笑
年長さんになって
「せんえん」と言える様になり
「おまわりさん!せんえんくれる??」
って
ちょっと違う意味でツボった私ですが
真っ当に1000円を頂いて来ました
交番でおまわりさんからカツアゲ(違うけど)できる程に
成長した娘を
誇りに思う母親の私なのでありました
おしまい
私だけ
私が私を不幸だと思っているのは
私だけ
だから他の人には関係の無い事なので
言わない
だけど時には不満を外に出さないと苦しくなるので
紙に書く
書いて
書いて
書いて
その後その紙を破り捨てる
案外これが私に合っているようで
良かった
遠い日の記憶
何十年経ってもどうしても頭から離れない事がある
小学6年生の冬
犬の散歩でいつも通り川の土手沿いを歩いていた
思い出すと いつもと少し違ったのは
その時間に同じく犬の散歩をしている人が
少なかった事
けれど冬と言っても16時頃
暗いわけでもない
ただいつも通り
犬と走ったり歩いたり止まったり
後ろ脚で蹴る土をかけられるのを笑って避けたり
そのうち向こう側から自転車に乗った中学生が来た
すれ違いざまに見たその人は
私の友達で 同級生男子のお兄さんだった
ただすれ違った それだけ
の、はずが
少し進んで犬が振り向くので 私も後ろを向くと
通り過ぎたその人が戻ってくる
嫌な予感がした
でも友達のお兄さんだ
気づいていない素振りで土手の反対側へまわる
そちら側の土手は整備されていない
私の思い過ごしであれば ただ何か忘れ物をしたとか
そんな事のはず
それに整備されていないこちら側の土手を
自転車で通る人はいない
のに、 来た
おかしい
怖くなった私は土手から田んぼのあぜ道に降り
更にその奥の畑に入り込み
更にさらに槙の木の植え込みの間をくぐり抜け
道路に出た
偶然にもそこで
サッカーの練習帰りのその人の弟
つまり、私の友達 数人と鉢合わせた
私はその友達の名前を呼んだ
その時 私の後ろから友達のお兄さんが出てきたのだ
どう見てもそんな所から自転車で出てくるのはおかしい
誰が見てもわかる
私がその友達を呼び止めた時
つまり その兄弟は 顔を見合わせたわけだ
助かった
そう思った
6年生で まだ性的な事などほぼ知識がなかったが
あの時逃げていなかったら
弟の方と鉢合わせていなかったら
私はどうなっていたかと思うと
今でもゾッとする
空を見上げて心に浮かんだこと
私の住まいは田舎なので 空はとても広い
その広い空の写真を撮るのも好き
朝焼け 筋雲 飛行機雲 羊雲 うろこ雲 夕焼け 夜空
積乱雲 雨雲 虹 などなど
これらは全て自宅から見る事が出来て
尚且つ写真に収める事も出来る
かなり贅沢
同じ空は一度として無く
毎日毎秒 姿を変えていく
空を見上げていると
人間も同じように
常に変わっていっているんだよな
って そう思う