『ここではないどこか』10/390
「心ここにあらず」という言葉があるように、人間は現実世界から離れ自分の想像の世界にトリップすることがよくあります。これは俗に「現実逃避」と称され、文字通り「逃げ」の選択と見なされることもあります。
その通りです。トリップは目を背けているだけ、何の解決にも至りません。単なる自己満足、現実の自分に欠落しているものを想像で補い、そんな自分に酔っている。
それで良いじゃないですか。誰もが困難に立ち向かえるほど人は強くありません。想像の殻に閉じ篭っても、誰も文句は言いません。誰だって挫折しないとは言い切れませんからね。
ただ、そうしてばかりもいられない。ならばどうするか。人だ。人は人でしか救えない。差し延べられた手は掴め。仲間を恐れるな。構わず全てを託せ。頼ることを恐れるな。必ず頼られる日は来る。そのときに仲間が迷わず頼ってくれるために。今はひたすら、手をのばせ。
ここではないどこかから、戻って来られるように。
『繊細な花』8/380
今日で、この花を育てて半年になるんだ。
室内に飾っているんだが、中々難儀な奴でね。
環境にうるさいんだよ、この子は。
やはり日光が欲しいのか、カーテンを閉めると決まって不機嫌になるんだ。
そうくると元気な顔が見られなくなって悲しいから、
僕はちょっと窓を開けてやるんだ。
『あなたがいたから』16/372
ここまで頑張ってこられたのは、
他の誰でもない、あなたがいたから。
つらい時、あなたが励ましてくれたから。
嬉しい時、あなたも喜んでくれたから。
いつでも、あなたがそばにいてくれたから。
でも、ずっとあなたに頼ってばかりじゃ駄目だから。
あなたが引っ張ってくれていたこの手は、
届かない頂上に伸ばし続けるものじゃない。
大きく手を振って、歩き出さなきゃ駄目なんだ。
他の誰でもない、わたしの力で。
あなたがいるから、これからもわたしは頑張れる。
『落下』18/356
あなたと一緒なら、落ちるのなんて怖くはないわ。
だから、この手は一生、離さないでよ。
黒い都会の風が吹き荒ぶ。
遠くに、かすかに聞こえる嗚咽。
頼りないフェンスの向こう、眼下に渦巻く欲望。
絶え絶えに声が聞こえ、後ろを振り返る。
あなたの蒼白な顔が、月光に照らされた。
でも、残念。一瞬、遅かったのよ。
もう、私を支える物は何もない。手を固く握るだけ。
体を宙に投げ出して、次第に視界が加速していく。
鮮血を舞わせながら、落ちていく。
遺体の周囲には、まるで雨が降り注いだような血痕が残っていた。しかし、それよりも奇妙なことは…
『理想のあなた』18/338
理想のあなたは、どんな姿をしているのでしょう。
仕事がバリバリできて、人間関係も頗る良好で、
とにかく「デキる大人」といったところでしょうか。
しかし、一度考えてみてください。
それは、自分はどう「あるべき」かを考えてしまってはいませんか?
自分はどう「ありたい」かを抑えてはいませんか?
自分よりも相手、会社、また社会のために。
そう考えてしまうあなたは、とても優しいひと。
けれど、たまの休日には。
やわらかな朝日を浴びながら、コーヒーを一杯。
お好みなら、ミルクと角砂糖を。
自分らしく生きても、誰も文句なんか言いません。
さて、もう一度、聞いてみましょう。
理想のあなたは、どんな姿をしていますか?