『何もいらない』12/65
できるなら、もっと望みたかった。
他のすべてを捨ててでも。
でも、もう、いいの。これ以上は。
お金も、時間も、地位も、将来も、幸せも。
ぜんぶ、あなたに満たされちゃったから。
あなたと過ごしたすべてが、私の生きる道になる。
だから、もう、いいの。
長い髪をなびかせながら彼女は歩き出す。
彼の温もりを手に感じながら。
しかし、それは、少しずつ、けれど着実に、
彼女の手から消えていく。
今日は雨天、いや、雨のち晴れだったろうか。
『もしも未来を見れるなら』9/53
もしも未来を見れるなら、神様、
宝くじの当選番号なんていりません、
来週末のテストの内容なんていりません、
わたしの将来なんて興味ありません、
ただ、ただ、あの人の、
︙
ああ、神様ありがとう、
ほっと一息、いつものカフェオレでも…
いや、今日はキツめのブラックコーヒーって気分。
ピンクのマグカップには似合わない漆黒の液体は、
わたしの顔をありありとうつしてる。
『無色の世界』6/44
目を開ければ、また退屈な色が私を迎える。
ただでさえ無機質な空間に舞い散る灰を吸いながら、カーテンを開ける。
太陽は鈍く輝き、くすんだヴェールが地に下りる。
黒い風になびく木々は梢まで色を失った。
鉛のような水を進む魚の鱗ももはや岩石と化した。
遥か彼方で白煙が昇りやがて薄く雲を覆う。
絶えず降り注ぐ灰に塗りつぶされたこの世界。
カーテンを閉めて、ひとつ、灰を吐き出す。
帰ろう。灰も光も白も黒も存在しない、無色の世界へ。
目を閉じれば、また退屈な色が私を迎えるだろう。
『何気ないふり』17/38
あ、まただ。
いま、目、合ったよね。
教室の端と端、視線がぶつかる。
お互いに別々のグループで喋ってるけど、それでも。
それに、合わせた目はすぐに逸れて、
傍から見たらじれったいと思うかもしれないけど。
私たちはそれでいいんだ。
あ、また。
『愛と平和』10/21
見渡す限り灰色の世界。
砂埃は絶えず私を取り囲み晴れることはない。
木が焼け付く匂い、火薬の匂い。
これが私の暮らす、明らかに異常な世界。
でも、これから先生まれる子たちにとっては?
5秒後の命さえ保証できないこの世界が、
この子たちの瞳にはどう映るだろう?
その瞳を決して、決して汚さぬように。
私たちが与えられる最大限の愛を以て。