彼女が何かを思い出したように彼の肩を叩く。
彼は優しげに目を少し見開いて彼女に顔を向ける。
彼女が片手を顔のそばにもたげて、みみうちの準備をする。
彼は気付いて体を傾け、20センチの差を埋める。
彼女の口元がわずかに動く。
2人はゼロ距離の世界にいる。
彼が体を戻し、大きく開いた目は驚いたように、彼の反応を見守る彼女の目を刹那見つめる。
次の瞬間2人の顔が近づいて、彼と彼女はいたずらが成功した子供みたく、顔をほころばせた。
「ささやき」
地図をなくした。
何度も鞄から取り出して、すり切れた地図。
何度も広げてくしゃくしゃになった地図。
愛着のあった地図は私を正しい場所へ導いてくれたけど、変わらない目的地までの道をぐるぐるするだけで、なんのために歩いてるかわからなくなっちゃったね。
きっと私に必要なのは夜明けが望める新しい道と目的地、
そしてまっさらなルートばかりの新しい地図。
紅茶、ティーよりも昔なつかしい、どことなく品のある響き。
一口含んで、スチームを吐いたらじんわりと心に沁みる、香りと温かさ。
「ちょっと、じっとしててよ」
「えー」
もう何度目かの注意にも懲りず、ウエストを測ってる最中なのに君はまた左右に体を揺らしている。
「でもほんとにドレス借りなくてよかった の?」
「いいんだって、きらきらしすぎてるのは好きじゃない。」
「そうだとは思った・・・よし、終わったよ」
彼女の腰に回していた腕を解いてメジャーを畳む。仕事で作るのとはまた違う。
大切に、丁寧に・・・。
「できたよ」
一週間かけて作り上げたドレス。純白ではなく、やや温かみを帯びた白の生地に、首周りと袖のレースには小さなダイヤモンドとパールをあしらった。
「じゃーん」
振り向くと白いドレスを纏った彼女が両腕を広げている。思わず吐息を漏らしそうになるのを飲み込んで彼女を鏡の前に連れていく。「ちょっと座りなさい」
「はーい」
ぶらぶら足を動かしながらこぐまのように鏡をちらちらと覗き込んでいる彼女のサイドの髪を編み込んで後ろで纏め、仕上げにミント色のリボンをつける。
「こういうの上手だねえ」
「妹がちっちゃい頃やってたからね、
はい、いいよ」
おわった、と肩をぽんと押すと麗らかな日が差し込むフローリングを舞台に彼女はくるくる舞いはじめる。
風を受けて膨らむレースのカーテンが目に入った。
「ベールがあればもっといいんだけどな」
「こう?」
はっとした。
「どうしたの?」
「ウエスト計り直したいだけだよ」
『カーテン』