小さい肩幅にゆったりとした白い袖、肩にかけたバッグの黒いベルトが、左肩から斜めに背中を二分している。
彼女は今日も何かを話している、こちらに話しているつもりで、でも聞いているかは興味がなくて。
内容は入らないのに、飽いていることだけは自覚できる。そんな何かの恨み言を今日も聞く。
何度も繰り返されたありふれた景色。君の背中と、その先の道。なんの変化もなく進展もなく、劣化していくだけの時間。いつもの道を歩いている。
いつもの橋の上に来た。目的地ではない。ただの道中。欄干はなく、そのくせ妙に高く、深く見える川。
彼女が橋の上で止まった。このパターンはいつぶりだろう。そもそもあっただろうか。「あ、落とした」「スマホ?」「うん」
橋の際に落ちたスマホを取りにしゃがむ彼女。その背中を見て、衝動が走ったきがした。
「ヒビはなさそうだな、よっと」
拾った彼女は歩き出した。いつもと少しだけ違うだけの時間。ただの突き落とす妄想を衝動だのと大げさにとらえたことを少しだけ反芻しながら、きっと自重に耐えられなくなるまで、この景色は変わらないのだろうと、もとの姿の背中を見ながら思った。
紅葉の盛りを越えた木が、頭上にあった。
地面に視線を落とす。
木漏れ日が、輪郭のぼやけた丸となっている。風で枝葉が揺れるとともに、ささやかに動いている。オレンジの色調が、枯れ葉や芝にやさしく重なっている。
風とともに、光がつながったり離れたりしているところを眺め続けることは、意外にも飽きなかった。
しばらくして、少し眠っていたらしい。太陽が少し上がっている。思い出したように、手の中にある時計を見ると、正午が近くなっていた。
車椅子を動かしながら、周囲を見る。待っていた人はまだいなかった。時間にルーズなことは予想していたけれど、寝かせたままにしてくれたのかもしれない。電話をかける。すぐに出てくれた。
「やあ、今どこにいるかな」
「散歩中だよ。どうしたんだい?待ち合わせの日は明日だろう」
「あっ。そうだったっけ」
あの人は軽快に笑った。
「珍しく抜けているね。せっかくだ。今から向かうことにするよ。軽食も買っていこう。今、大丈夫かい」
「うん。ありがとう。じゃあね」
「またねー」
電話は切れた。勘違いをしていたらしい。
話をして少し覚醒した。頭上を見る。チラチラのぞく太陽の光と、その光に透かされたあかい葉の色調に、少しの満足を感じた。