NoName

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 小さい肩幅にゆったりとした白い袖、肩にかけたバッグの黒いベルトが、左肩から斜めに背中を二分している。
 彼女は今日も何かを話している、こちらに話しているつもりで、でも聞いているかは興味がなくて。
 内容は入らないのに、飽いていることだけは自覚できる。そんな何かの恨み言を今日も聞く。
 何度も繰り返されたありふれた景色。君の背中と、その先の道。なんの変化もなく進展もなく、劣化していくだけの時間。いつもの道を歩いている。
 いつもの橋の上に来た。目的地ではない。ただの道中。欄干はなく、そのくせ妙に高く、深く見える川。
 彼女が橋の上で止まった。このパターンはいつぶりだろう。そもそもあっただろうか。「あ、落とした」「スマホ?」「うん」
橋の際に落ちたスマホを取りにしゃがむ彼女。その背中を見て、衝動が走ったきがした。
「ヒビはなさそうだな、よっと」
拾った彼女は歩き出した。いつもと少しだけ違うだけの時間。ただの突き落とす妄想を衝動だのと大げさにとらえたことを少しだけ反芻しながら、きっと自重に耐えられなくなるまで、この景色は変わらないのだろうと、もとの姿の背中を見ながら思った。

2/9/2025, 3:06:13 PM