「それで?サヤカと喧嘩しちゃったの?」
「そうなんだ。どうにか仲直りしたくてさ。カホはサヤカの親友だし、どうして怒ってるのか知らないかなと思って!」
放課後の図書室。ささやくような声で、ショウタはカホに話しかけてくる。カホは「ん〜」と窓の外を見る。
ポツ、ポツと窓へ雨が当たり音を立てている。
実は昨日の夜、サヤカから電話があった。ショウタは誰にでも優しい。老若男女構わず、誰にだって優しい。体調が優れなかったサヤカは、その優しさを自分だけに向けて欲しかったのだろう。ついつい言い過ぎたと、反省していた。
毎回両者から聞かされる惚気と愚痴に、カホは嫌気が差していた。つまらない、しんどい。ふたりで正直に話し合えば済む話なのに…。
「サヤカには、聞いてみたの??」
「聞いたけど、無視だった…」
「……」
中学から仲良くなり、親友だと言ってくれるサヤカ。
幼馴染で、保育園から一緒のショウタ。
どちらも大切、幸せになって欲しい…でも。
「今回は、私 何も言わないよ」
「え?」
再び窓の外へ目を向ける。雨足は早くなり、本降りになりそうだ。読んでいた本を閉じ、カホは椅子から立ち上がった。
「そろそろサヤカが出てる委員会終わるんじゃない?迎えに行って、直接話しなよ」
「カホ…怒ってるの?」
「……怒ってないよ。呆れてるの…」
そう、呆れている。ふたりにも、自分にも。
「素直に全部、話しちゃったら楽なのにねって」
捨てられた子犬みたいな目でカホを見るショウタを置いて、図書室を後にした。
ザーッと雨が窓を叩きつける音がする。
まるで、カホの心の中を表しているみたいで笑えた。
靴を履き替え、水色の傘を開く。
カホは一度も振り返ることなく、早足で学校を出た。
今日の夜は、サヤカから電話が来るだろう。きっと、ふたりは仲直りする。
ふたりとも大切、幸せになって欲しい。
だから、私は一生ふたりには正直に言わない。
この涙は雨に紛れて溶けてしまうから、雨が止んだらきっと虹がかかるはず。
カホのつぶやきは、誰にも届くことなく雨に流されて消えた。
「馬鹿じゃないの。私もショウタが好きなんて…早く諦められたら良いのに…いつまでたっても諦められない…自分に呆れちゃう…」
「わぁ!あなたはだれ?」
しとしとと降る雨の中、アオイは立ち止まる。
青や紫の色鮮やかな紫陽花の花が、しゃがんだアオイを見下ろしていた。
「こっちに、おいで!」
「アオイ?誰と話しているの?」
「ママ!この子だよ、小さいの」
アオイが小さな指で指した先には、茶色く汚れた子犬が一匹。捨て犬だろうか?それとも、迷子だろうか?
「わんちゃーん」
アオイの呼びかけに、子犬は小さく返事をした。
「この子、ひとりぼっちなのかな??」
キョロキョロと周囲を見渡して見るが、他に子犬の家族らしき子や、捨てられた形跡も見当たらない。
「そうみたいだね…今日は夜から雷雨になるって言ってたよ。」
「らいう?」
「雨と雷がたくさん降るんだよ」
「この子、おうちはないの?カミナリ、こわいよ」
「そうだね…でも、家でも飼えないしなぁ…でも、見つけちゃったら放おってもおけないね…」
「ママ、一緒におうちへ帰ろうよ」
「…ひと晩だけなら、泊めてあげられるけど…その後はどうしよう」
頭の中で、近所の動物病院を必死で探した。そうこうしている内に、雨足は早くなる。
パタタ、パタタタ
薄紫の傘に当たる雨の音が大きくなった。
「猫が居るから家では飼えないけれど、連れて帰るからには、なんとか幸せにしてあげようね」
「うん!!」
雨に濡れ、土がこびりついて、柔らかいはずのその毛は硬くなっていた。手を取ったからには付いてくる、重い責任がずしりと腕で震えていた。
「アオイもだっこする」
「帰って洗ってあげてからね!…雨強くなってきたから、走るよ!もうすぐ家に着くからー!」
ピンクの恐竜かっぱを着たアオイは、雨の中を跳ねるように走る。小さな長靴で、水たまりの地面を蹴って。
梅雨はまだ、始まったばかり。