2/12/2026, 4:02:19 PM
部屋で漂う「かなしい」のフキダシを捕まえてまな板に載せ「か」「な」「し」「い」に四等分して水にさらし火にかけて灰汁が抜けたら白和えにして食べる。
お皿を洗ったら残りの「ksi」をタッパーに移して冷蔵庫にしまって眠る。冷蔵庫にはまだ味付けに失敗した「sniiat」の炒め物も残っているし野菜室の「きえたい!」が追熟を待っている。感嘆符が消えてトゲが丸くなるのにあと一週間はかかるだろう。そろそろお肉が食べたいけれど、冷蔵庫はもう満杯で入らない。
ひと昔前ならこれ作りすぎちゃったんですけどってお隣を訪ねることも出来たんだろうが、そんなことを現代でやったら通報されてしまうのだった。トホホ〜!
ちなみに「とほほ」は生でも食べられる。
11/10/2025, 2:41:21 PM
そう、それで貴方はまたここに戻ってきたのだ。
沢山の物語を読む──「書く」ために物語を消費する。それに言いようのない寂しさを感じて。
貴方は二度と草原に身を横たえることが出来なくなった。貴方はその草原が活版印刷による文字の羅列、恣意的な言葉の羅列だと気付いてしまっている。あまつさえ記号を認識するばかりか、そこにパターンを見いだそうと──多くは技巧を盗み出そうと──している。
現実が霞む瞬間は書くときばかりで、読むときは緊張を強いられている。貴方は思い出す。『1984年』にあったコンクリートと埃の匂いを。無骨なアパートメントを。隠れ家のベッドを。透明な文鎮の中にある珊瑚礁を。その中に一時の、読む瞬間と全く同じ安息を得たことを。
貴方はずいぶん遠い場所まで来てしまった。自己検閲の果てに、一人になることさえ出来なくなった。