夜中にうっすらと目が覚めた。娘が
やっとお風呂に入っている音がする。
何時だったかはあえて確認しなかった。
結局朝は起きれず、学校は休んだ。
夕方の5時前に仕事から帰ってくる
と、朝昼兼用で用意していたお弁当を
今頃食べていた。4時ごろまで寝て
いたらしい。たぶん半日は寝ている
だろう。
そんな生活リズムで、朝と夕の一日
二食、ほとんど寝ていて起きている
ときはケータイ依存。
部活動で付いた筋肉もあっさり落ちて、
贅肉にもならずに痩せていった。
ついこの間までは、当たり前に学校
行って部活漬けの毎日を送り、家で
は宿題もやっていた。
心が壊れるって、こういうことかと
わかるぐらい、 娘がみるみる崩れて
いった。
朝練に笑顔で駆け出していった娘。
放課後の部活動から帰ってきた娘。
そんな当たり前だった日常の姿は、
もう思い出になり薄れていく。
日付が変わった。
まだお風呂に入らない娘。
診断名……抑うつ神経症だって。
なんだそれ!?
自律神経失調症だの起立性調節障害
だの、不登校の解決の仕方だの親御
さんができることだの。
いろいろたくさんググって悩んで。
私にできることは、味方でいること。
余計なことは言わない。子供のペース
で回復を見守ること。
たとえ中退となっても、頑張ってきた
ことは確かで、新しい路ができるだけ
のこと。
大丈夫。
自分に言い聞かせるために文字にする。
愛があれば何でもできる?!
愛は意外と目に見える
大きさも色も温度も見えてしまう
目に見える愛は人にパワーをあたえる
『パワー!💪』
目を背けて目を閉じて愛を見ない人は
愛はそこにないという
『そこに愛はあるんか?』
愛があれば、何でもできる
人の生は、愛でできている
モンシロチョウ
自転車をぼぅ~っと漕いでいると
たまにモンシロチョウがヒラヒラと
前を横切る。
そういうときは、安全運転をしなさい
というお告げだと思っている。
ただ飛んでただけのモンシロチョウに
勝手に意味を持たせ、自分ひとりの
春の交通安全運動をしている。
忘れられない、いつまでも
二十歳のときに、父がくも膜下出血でなくなった。
体調が悪かった父は、自宅で休んでいた。布団に寝ていた父が、苦しそうにしていることに母が気付き、救急車を呼んだ。炬燵に転がっていた私は、父のもとへとんでいった。呼吸の仕方がわからないのか、ちゃんと息を吸えていなかった。口元が歪み、表情も歪んでいった。父をコチラへ呼び戻さなくてはと思い、脳に響くように『お父さん』と何度も呼んだ。救急車が到着する前に、一度コチラに戻って来た。
救急車には母が乗り、私はもうすぐ帰ってくる姉を待って、病院にかけつけた。
心拍数が0と表示されていた。
父の急変時に外出していた姉は、『お父さん』と何度も呼んだが、父の苦しそうな顔を 見ていた私は、また苦しめたくなくて呼ばなかった。現実逃避していたのか、人はこうして亡くなるのかと、変に冷静な私がいた。
当たり前にそばにいた人でも、目の前からいなくなることを思い知った。