題名『私をさがして』
(裏テーマ・二人だけの秘密)
高校の教師を定年退職して妻との二人暮らしの余生を楽しんでいたある朝、台所のテーブルの上に私宛の手紙が置いてあった。
「その手紙の差出人の名前、教え子じゃない?」
妻の言葉が気になり確かめると数年前に卒業した高坂蘭だった。
「そうだけど、何でお前が知って、る?」
妻はその言葉を待ってたように話しだした。
「家まで訪ねてきたことがあったの。かなり深刻そうな顔をしていたけどあなたは留守で、でも帰り際に来たことは言わないで欲しいって頼まれて」
「へぇー、そんなことがあったんだ、何の用事だったんだろう」
「それがね、卒業してからも1回あって、一昨日かな、今度は電話があったの。でもいつものようにあたなには言わないでって言うのよ。すごい気になっていたら…手紙でしょ、ねぇ、早く読んであげた方がいいんじゃない?」
私は手紙の封を開けながら実はドキドキしていた。
けっしてやましいことはなかったが、担任と生徒だったある放課後に彼女だけ教室に残っていたときがあって、
「なんだ、まだいたのか、早う帰れー」
そう言うと、急にクラスの男子の中であるエロ動画が流行ってて先生も見てるの?って言いながら近づいてきて、
「先生、好き!」
そう言ってニコリと笑ったと思ったら、私のほっぺにチュッてキスをしてきた。
私が硬直してる様子を存分に楽しんでから、
「二人だけの秘密…ね」
そう言って教室から出ていったことがある。
翌日からもいつも通りで、私は夢だったのかと思うようになっていた。いや、そう思うように努力した。あれは遊びで生真面目な私をからかったのだ。
高坂蘭は、そういうところがある生徒だった。
「ねぇあなた、彼女は県外に就職したんでしょ?」
「うん、叔父さんの会社があってそこへ」
手紙は印刷された紙が2枚入っていた。
内容はびっくりするようなものだった。
母親が殺され、父親が犯人として指名手配されていて、彼女は飛び降り自殺をしたが奇跡的に助かり今は病院に入院していることなどが書かれていた。
しかし、最後にこう書かれていた。
父親は犯人じゃなく、自分も自殺していないと。
私のまわりはみんな嘘つきで誰も信じられない、とも。
実は私は警察官から教師に転職した。
捜査一課のときに犯人に撃たれて日常生活は問題ないが足が不自由になり、思い切って転職したんだ。
高坂蘭はそれを知っていて、事件が起こる前から相談したかったのかもしれない。
と、言うことは、事件の背景はこの町にあるのかもしれない。
「あなた、どうするの?」
手紙の最初の文面に少し違和感があり、じっと見ていて気づいた。横書きの文面の左端を縦に読むと「私をさがして」と読めるのだ。どういうことなのか?
「とりあえず、高坂蘭に会ってくる」
私は、嫌な胸騒ぎがした。
「あなたなら、そう言うと思ったわ。刑事は天職だったものね」
とても悲しい物語が私に最後に言う言葉は、
「二人だけの秘密」なのだが、私はそこへ急いで出掛けた。
詩『腐りかけの乙女』
(裏テーマ・優しくしないで)
キム・スヒョンさまーって夢中だった老婆が、ある日からヴィランズの魔女になる。
て、ファンタジーの世界じゃなくて現実ね。
もう50才を過ぎて、老後とか年金とか持病のはなしばかり会う友達としてた。私はもう恋愛もずっとしていない。
これでも若い頃はイケイケでけっこうモテた。
親の介護をしだして恋は忘れた。
独身の行き遅れのババア。
数年前に両親も亡くなったけれど、私の心は勘違いしててまだ若いらしくクソジジイたちは気持ち悪い。かと言って若い人が私を好きになる可能性がないことは分かる。だからすべてを諦めて、涙の女王のキム・スヒョン様に今は夢中だったのです。
そうなのです。
諦めても恋はしたいのです。
ババアでも腐りかけでも恋心はあります。
先日、バイト先の上司が移動になり若い正社員の男性がやってきたのですが、なんと知っいる人でした。
母が利用してたデイサービスのスタッフで当時はまだ20代前半?で青年でした。でも熱心で優しくて、私と話が合うのか合わせてくれていたのか分かりませんが会うと会話がいつも盛り上がって介護の辛さを少しだけ忘れられました。
その後に実は転職され結婚もされていて、今回移動でこの町に戻ってきたようでした。
十年以上も歳月は過ぎているのにずっと友達だったように会話がスムーズにできた。
彼は初めて来た慣れない職場で私を頼ってくれるようになっていきました。
昼休みは一緒に食べることも増えた。
ある日、ぽつりと離婚の話を聞いた。
奥さんからそんな話をされているようでした。
実は今度の休みに二人でデートです。
彼の友達に赤ちゃんが生まれたので、お祝いを買いたいからと一緒にお店に行ってアドバイスすることになったのです。ドキドキしてる。
あ、奥さんは仕事だと言ってた。
20才くらい若い男を妻から奪う熟女?って、口に出してみるとドラマっぽくてすごい。でも私だからヒロインじゃなくて、悪役だね。白雪姫なら老婆に化けた魔女だ。
妄想は終わり。
叶わない恋。こい?…恋なのかな?
でも、デートの日、シャワーを浴びて、高いシャンプーの試供品を使用して、髪のセットも久しぶりに本気を出して、化粧も明るい窓辺に移動して真剣になって、洋服選びも若い頃に着ていたものまで出して気づけば2時間くらいファッションショーしてる。
私、乙女だわ。
「待たせた? ごめんねー」
そう言って手を振ると急にその手が恥ずかしくなりぎこちなくなる。
「いや、ぜんぜん。それより今日はすみません、せっかくのお休みに僕の用事に付き合ってもらって」
そう言って笑う顔はかなりカッコいい。
私は舞い上がって駐車場の車止めに躓いてコケそうになった。するとサッと私の手をつかんで次に背中を支えて助けてくれた。
「すみません、もうおばあちゃんだから足腰が弱くて」
私は変なハイテンションで変なことを言ってしまったら、
「おばあちゃんなんて冗談でも言わないで下さい。僕の綺麗だと思うものを否定されたら本気で怒りますよ」
彼にそう言われた。
心の中で、優しくしないでってつぶやいた。
これは本気になる、やばいやつだ。
ってか、こいつは恋愛詐欺師で私は被害者って関係になるのかなぁってことまで考えた。
腐りかけの乙女の恋心は、高層ビルの屋上のふちでダンスを踊り始めた。
詩『10キロの契約』
(裏テーマ・カラフル)
今日は少ないバイト代から奮発してピンク色のカーネーションの花を1輪とぼた餅を1個買った。
5月2日。母の命日だ。
あれからもう一年が立った。
ゴールデンウィークが始まる前に一周忌の法要は一人ですました。そう、いつも私たち母娘は二人きりでした。父も祖父母も親戚もいない。その理由を母は絶対に話さなかった。
子供の頃は知りたかったけれど母の態度を見てると知らない方がいいんだと思うようになっていた。
母は脳出血であっけなく死んだ。
何か私に言い残すこともあったかもしれないのに、一度も目覚めることもなく死んだ。
命日の今日は仕事も休んで、墓がないのでアパートに置いてる母の遺骨にカーネーションとぼた餅をお供えして、やはり母の好きだった韓国ドラマを一緒に観ようと思っていた。
ぼた餅を買った商店街からアパートまでの帰宅途中に1箇所長い階段がある。そこの上に来た時に急に背中を押された。
「きゃっ!」
私の目の前にいたコワモテのおじさんを反射的にすがるように押してしまった。すると勢いよく転倒してコロコロ転がり階段の下まで転げ落ちた。
「すみませーん」
私の背後からおじいさんの声がする。たぶん私を押した人物だが背は低く優しそうな人だった。転がり落ちたおじさんは血だらけで死んだと思ったがすぐに立ち上がり、こちらに向かって手招きしていた。
三人で近くの喫茶店にはいった。
おじさんには病院に行くように勧めたがとりあえず話し合いをしたいと言われたのだ。
そのおじさんだがヤクザだとわかる。その気配がぷんぷんなのでたぶん私の人生が終わると思った。このまま借金地獄で風俗で働くことになるんだと思っていた。警察に逃げ込むことも考えたり頭は混乱していた。
「姉ちゃん、俺は怪我したから、俺の仕事をあんたがしてくれないか?」
いきなりの訳の分からない話で目をパチパチさせていると、
「俺はヤクザでも暴力団でもない。ただの何でも屋だ。ただな、そこに変な仕事がきたんだ。1億円の現金をぜんぶ使って欲しいって言うんだ。詳しくは言えねぇが身元は確かめたし犯罪の金でもない」
そばにいたおじいさんが口を開いた。
「だったらどこかの施設に寄付すればいい」
すると、
「あははは、俺も寄付や馬券でって思ったがそれは駄目だって言うんだ。条件は県外を旅しながら旅の宿泊費や食費や観光の必要経費に限るって言うんだ。その旅の写真と感想を定期的にメールで依頼者に送る約束だ」
このあと、おじさんは病院に行き、よく普通に歩いていたと驚くほどあちこち骨折していた。
母の命日に起こった変な話し。
いろんな人の思惑や思いや悪意も交錯するのですが、今は話せません。
でも、貧乏な生活しか知らない私には別世界の旅になりました。それまでの人生がまるで無色透明だっように感じます。お金の魅力に気づいてしまったのかもしれません。すべてがカラフルにみえるなんて、旅を終えたあとが怖くなります。
ちなみに1億円は10キロの重さです。
その現金を持っての旅でトラブル?はいっぱいあります。
それから、気付いている方もいるでしょう。
私はずっと後で知りますが、階段の上で私を押した老人が依頼者です。
そして、すべては私の相続に関する問題が絡んできます。
また、お話できる日まで。
詩『恋心』
(裏テーマ・楽園)
最近いろいろ問題にされてるホストクラブ。
実は私も通ってる。
私は異色で最初からお金が無いことも話しているし、借金も嫌いで性格も生真面目だと知られているからハナから相手にしてもらえていない。
それでいい。
月に一回でもいいから彼の声が直接聞こえる距離で彼の様子を見たいだけなんです。
ここはまさに楽園です。
女の子はみんな好きな自分になれるのです。
夢をお金で買う場所ですが、最近は本当の愛とか運命を欲しがる人をよく見かけるようになりました。
今夜は久しぶりにお店に行くと、シャンパン・タワーなどでお金をバラまいてる女性がいた。本当に楽しそうにはしゃいでいた。
私の彼?を独占して離さない。
「やっと見つけた」
私はつまらないと文句を言って店を出た。
そしてスマホで緊急の連絡をした。
しばらく店の入口が見える場所で吸えないタバコに火をつけて時間をつぶしていた。
30分後に駆けつけた同僚たちと交代してあとを任せた。
会社のお金を何億も横領して1年も逃げていた全国指名手配の女はその夜に店を出たところを逮捕された。
あれは1年前、私が新米刑事になったばかりでみんなに足手まといだと馬鹿にされていた頃です。それでも私は負けん気根性で細かくしつこく聞き込みをしてホストの存在を突き止めた。
彼女はホストに溺れて横領した訳ではありません。
きっかけは自分の赤ちゃんに先天性の疾患があり繰り返す手術費が重荷になったことだったようです。しかし赤ちゃんが元気になっても歯止めが効かなくなっていたようです。
子供のことなどで押さえ込んでいた欲望が爆発して暴走したのかもしれません。
そして事件が発覚する少しまえに同僚とたった1回だけここのホストクラブに来て、どうも彼にひと目惚れしたようなのです。もちろん同僚の証言だけでは確証はありませんでした。
そのホストの彼は客に自分の誕生日を教えていつもプレゼントを要求していたことを私はその後に知りました。犯人の彼女に何月と言ったかは不明だったのですが彼女が真剣に聞いてメモしていたのをホストが覚えていました。
誕生日は毎月の16日。客によって月は変えていたが必ず16日。そして今日は16日だった。
捜査会議でホストの線は薄いとみんな言っていましたが、私だけが粘っていたのです。
恋に年齢は関係ない。
妻だろうが子供がいようが関係ない。
好きになったら耐えられないのが恋だからです。
彼女のひと目惚れに私は賭けたのです。
店を出てからの逮捕は私からのお願いだった。
彼女の最後の夢だけは邪魔したくなかった。
昔、推しのアイドルにかなり貢いだ女も、今は更生しています。
詩『花の種』
(裏テーマ・風に乗って)
私は何かの種のようです。
ふわふわとした白い羽根があり、風が吹くと空高く舞い上がります。どこかに落ちていつか花を咲かせると聞いてます。
自分の行きたい場所には行けません。
海や山や都会も知らないままかもしれません。
風に乗って、遠い知らない世界へ。
意思ではなく運命が私の人生。
私は地味で辛い暮らしですが、つぼみから花を咲かせると人生が変わると聞いてます。
ただ、幸せは儚いようです。すぐに終わるようです。
それでも、人間という動物よりは幸せかもしれません。
だって私たち花の種は、ほとんどの種が綺麗な花を咲かせることができるのです。
花のない一生なんて絶対に嫌です。
ほとんどが花もつぼみもなく、愛とか夢とか訳の分からない見えない物に執着して死んでゆくのが人間らしいのです。
私は最後に花として散り、また種を飛ばす。
何色でどんな花なのかも知って、自分の美しさに酔いしれて枯れてゆけるのです。
ああ、幸せです。
人間じゃなくて本当に良かった。
今は風に乗って青空を飛んでいます。
海の見えるあの丘がいいなぁ。
ああああああああ、
「海はだめーーーーーーーー!」
海面に浮かんだ種を魚たちがつついて遊んでいます。
そしてゆっくり沈んでく。
どんな人生にもいろいろあるようです。