「遠雷」
[今の雷の音すごく大きくなかった??]
メッセージを送る直前でハッとして、手を止めた。
そうだった。この話はもう通じない。
文章を打ち直す。
[今すごく大きい雷の音がしてびっくりした! そっちにも聞こえた?笑]
送信。
「Midnight Blue」
演劇やってる人って、派手な髪色の人が多い。
これは私の持論。でも、現に目の前の先輩がそうだ。
「もうすぐ公演なのにいいんですか、髪」
「うん」
食事の約束をしたのは1週間前。その時茶色だったはずの先輩の髪は、今は深い青色に染まっていた。
その内側でちらりと金色のピアスが煌めいていて、夜空みたいだ。
「生徒の役ですよね。怒られませんでした?」
「怒られたよ」
「なんでその色にしたんです?」
「気分」
これは、演出も大変だ。私が遠い目をすると、先輩ははははとお気楽に笑った。
「演技でそこにないものをあるように見せたりするでしょ。だから大丈夫。それに、遠目だと意外と分からないよ」
どうだかなあ。だけど、先輩は自信があるようで、私はそれ以上言うのはやめたのだった。
後日、最前列の席から見た先輩の髪はやっぱり目立っていたけれど、次第に気にならなくなるのが不思議だった。
光に当たって透ける夜空の青が綺麗で目を離せなかったのは、きっと私だけではないだろう。
「カーテン」
カーテンの向こう側から、すずが寝転びながらこちらを見ている。
正確には、見ている気配がする。私は今カーテンに背を向けて作業をしているので直接見えないが、先程そちらに向かうのを目撃していた。彼女の行動パターンはよく知っている。
気位の高い彼女は、構われたいときもおねだりをすることはない。カーテンは人質のようなもので、私に取引を持ちかけているのだ。
仕方ないなあ。私はもう少しで終わるはずだった作業の手を止めた。
「ほら、おいで」
振り返ると予想通りすずはこちらを見ていて、目が合うと、満足げに一声鳴いた。
「またね!」
門限を破ってでも得る刹那より永くあなたと居たいからまたね!
「涙」
卒業式で泣けなかった。小中高、大学まで全滅。
楽しさもつらさも涙に変えて、前に進める人は羨ましい。
私の感情は雲のまま、肺のあたりに停滞中。