二人して大草原の真ん中にいた。ポップは手を空に伸ばしてみる。
「でっけえな。世界は」
ポップの真似をして、隣に居るダイも片手を空に透かしてみる。2人が再会してから1ヶ月経っていた。
手ひらの向こうには、抜けるような青空がつづいていた。
「大事なもの一つ探すにゃ広すぎるぜ」
「でも空は繋がってるよ。いつかは見つかるって思ったろ。ポップなら」
「へへっ。詩人だな」
自暴自棄を起こした日もあった。無理がたたり空から落ちたことも。仲間にひどく当たった日もあった。飲めない酒に頼った日だってあった。
そろそろ別れの時間だ。
(そんな綺麗なもんじゃねぇよ)
見苦しい姿を見られなくて良かった。いや、ダイになら、のたうち回る自分を見られても平気だったかもしれない。
やがてダイが音もなく立ち上がり指笛を吹いた。
1人乗り用の飛竜が旋回しながら降りてくる。キィと鳴く立派な顎を撫で、手綱の様子をたしかめている。
「おれの勇者は世界をひとっ飛びだ。かっこいいねぇ」
「ポップもだろ」
なんだそれ。意味わかんねぇな。
「またな」「おう」
おれ達は拳をぶつけ合う。
次の瞬間おれの勇者は竜の背の人になっていた。
黒髪の少女が部屋の奥からやってきた。
「どうですか」
真っ赤なローブを着て、ひらりと回って見せる。
黒髪が踊り、深紅の滑らかな生地と相性がいい。不思議と見ていて収まりが良かった。
ここで「かわいい」とか「似合ってる」とかほんの一言でいいから気の効いた言葉を言えたら良かったのに。
「始めてみた服だ」
なんて言ったから。
彼女の顔がむっと不満げに膨れた。
「前にも見せました!」
「えっ。そうだっけか」
そんなのいちいち覚えておけないぞ。
「そうです!これを着たら前、秋らしくていいな、って言ってくださいました」
ああ。思い出した。この服。ファーが一部ついてて、中は起毛になってるから。抱き締めると細身の彼女がふわっとしてめちゃくちゃ気持ちいいんだった。
(感覚で覚えてるなんてオレは動物か…)
動物に失礼なことを思いながら、背を向けた彼女にそっと近づいて抱いてみた。
あまりに可愛い声を上げるから弱いところを攻めたくなる。
滑らかな白い肌を荒らしてみたくてきつくキスをして跡をつける。
明日怒られるかも。
でもなぁ。「すき」と言いながらキスをねだる顔がもう、掻きむしりたくなるほど可愛いくて。
怖がらせないように、ほほを支えて、寄せる力さえ優しい。あなたはいつもそうね。
そのくせ余裕のない顔で、有無を言わせず口付けをしてくれるから安心するの。愛されてる。
私も愛してるよ。
父親は昔ながらの人だった。母は居ない。だけど子供は女1人の男4人の大家族だった。
「図体ばかりでかくても子供だな。お前はまだ中学生なんだぞ。命を預かることをなんだと思ってるんだ! 帰ってきたとたんに猫を飼いたいだの世話をするだの…ふざけておるのか!」
父には手を上げられたことはないが、厳しくしつけられた。
兄弟も誰も父親には歯向かわなかったし、全員食いっぱぐれることなく育ててくれてた。だから末っ子のヒムも、絨毯の上で正座をして父の言葉に従った。昨日までは。
「でもよ…親父」
「猫も杓子もない!」
「その猫なんだけどよ」
1人掛けのソファにふんぞり反る父の膝には、その噂の猫が鎮座してあくびをしていた。
「飼わんとは言っとらん!!」
父はすでに子猫にめろめろだった。
姉は姉で「お父様。猫用のゲージ設置致しました」完璧に猫のスペースを管理し、
兄は兄で「猫用のご飯を飼ってきたぞヒム。写真みせたら2ヶ月ぐらいだろうと言うことだったので柔らかい物を勧められた。チュールも買った」得意の俊足を生かしてスーパーまでひとっぱしりしてきてくれた。
「なんなんこの家!!!」
ヒムは温かすぎる我が家に涙して顔を覆った。