わをん

Open App
4/25/2024, 4:17:42 AM

『ルール』

横断歩道の白いところだけ渡れるルールに、灰色のレンガしか踏んではいけないルール。こどもは歩いているだけでたくさんのルールを創り、遊びに変えていく。
「ルールを破るとどうなるの」
「しぬけど生き返るから大丈夫」
影しか踏めないルールに挑戦する子の前に街路樹から木漏れ日が差して手助けをする。影一つない道を渡るときには影を踏まないルールに切り替えて楽しげに先を行く。
「いつまで経ってもしなないね」
「だってルール破ってないから!」
自慢げにこちらを振り返る子の前を車が走る。ぶつかるかと思われたこどもの姿を車は素通りして走り去っていく。
「ちゃんと前見て」
「はぁい」
血の一つも流れないこどもは遊びに夢中で、もうずっと昔に私と自分が死んだことにも気づかない。創られたたくさんのルールに囲まれながら、死なないこどもと歩き続けている。

4/24/2024, 6:31:20 AM

『今日の心模様』

四月の始め、入学早々に一目惚れした先輩に猛アタックして振られた。
「ごめん、付き合ってる人いるから」
それからというもの心はずっと雨模様。
「付き合ってる人いるかどうかは確認するでしょ普通」
「昔から惚れっぽいの変わってないね」
「入学一ヶ月未満でさっそく人生が濃いな」
お弁当を一緒に食べる中学からの友達はあまり心配をしてくれない。
「もうちょっと心配してくれてもよくない?」
「振られてから一週間はちやほやしたよ。早く立ち直りな?」
「いつまでもくよくよされてるといつまでもメシマズだ」
「そうだそうだ」
けれど確かに失恋気分に浸っているのも時間がもったいないと思えてきた。曇り模様ぐらいにはなってきたのだろうか。彼女たちのおかげで。
「わかった。失恋期間終わります」
「突然の復活宣言」
「やればできる子!」
「新しい恋が君を待ってる!」
そうだ。いつまでも失恋していたら新しい恋が始まりやしない。俄然前向きな気持ちが湧いてきた。
「みんな今までありがとう!みんなも新しい恋始まったら教えてね!応援するから!」
私の門出を祝う祝砲のようにも聞こえる午後の授業の予鈴が鳴り響く。友達は呆れた顔で、けれど笑顔で小言を言う。
「いいからお弁当早く食べちゃいなさい」

4/23/2024, 4:12:17 AM

『たとえ間違いだったとしても』

デジタルな画面上に麻雀の牌が並び、九種九牌の表示とともに流局するかしないかの選択肢が出る。強い雀士なら迷わず次の局に進むのだろうけれど、頭に国士無双の四文字がチラついて離れない。
四人打ちの中で得点は最下位。親のターンはもう過ぎてしまったので起死回生は望めないと思っていたところにこの配牌である。麻雀の神様が役満を狙えと語りかけているに違いない。役満は浪漫であり夢と希望。この選択がたとえ間違いだったとしても後悔しない。
流局するかしないかの問いにいいえと答え、国士無双ロードを歩もうと不要な牌を流した次の瞬間。
「カン」
下家のプレイヤーが暗槓を宣言して場に現れたのは發4つ。国士無双ロードは瞬く間に脆くも崩れ去った。聴牌を果たしてもこの局での役満は未来永劫完成しない。虚無の塊とともに目の前を流れていく牌を見つめることしかできなかった。

4/22/2024, 4:08:21 AM

『雫』(Bloodborne)

ガラス玉の瞳からほろほろと光が零れ落ちている。髪飾りを手にしながら身のうちに湧く未知の想いに驚き戸惑う人形の頬を指でそっと掬うと、光の粒はオパールのように揺らめく光を宿した石となった。優しく温かく得体の知れないそれは雫の形をしていてまるで涙のようだが、涙ではありえない。
ふと目覚めると、今まで見ていたものが掻き消えてあれは夢だったのかと寂しさに似た気持ちになった。視界に違和感を覚えて手でやると指先をひそかに濡らすものがある。泣きながら目覚めるなんて幼子でもないだろうに、一体何がそんなに悲しかったというのか。夢で幾度も見た背の高く美しい人形をふと思い出し、けれど何も覚えていられない。
カーテン越しに窓の外から月の光が漏れ出ている。月の香りが漂っているかのようだった。

4/21/2024, 1:20:39 AM

『何もいらない』

ガキの頃から悪さを繰り返して親を困らせていた。親を含めた俺の周りの大人たちはろくでもないやつばかりだったのでそんなのになるのは御免だと早くに家を出た。悪さをすることしか知らないままに気づけばあのときの大人たちよりろくでもない大人になっていた。
運が良かったのは使われる立場から使う立場になれたこと。貧乏から抜け出す術を知らないやつらに貧乏から抜け出せると唆して使いたいように使ってやった。一発逆転の奇跡なんて起こらない。俺が悪さを積み重ねてろくでもなくなったように、一瞬で何かに生まれ変われるなんて虫のいい話はこの世にありはしない。
だからだろうか。媚を売り時には春を売って金を稼ぐ女たちを眩しく思っていた。ろくでもない大人が集まる街であくせく働く夜の蝶を手にしようとも思えず、手助けをしては籠から解き放っていた。自由を手にしたというのに好き好んで俺の傍に寄ってきたやつもいる。頭の悪いその女は俺に安らぎを与えてくれた。
安らぎを覚えてからは、悪さをすることに躊躇いが生まれた。部下からは腑抜けになったと囁かれる始末。苛立ちはしたが事実そうだった。どちらともを持ち続けることはできないと悟ったとき、迷いなく仕事と財産のすべてを部下に譲り渡して女とともに街を出ることを選んだ。
一瞬で何かに生まれ変われるなんて虫のいい話はこの世にありはしない。身に沁みて理解しているがために、これからのことに不安が付き纏う。
「今の俺は何も持っちゃいないが、付いてきてくれるのか」
「はい。あなたがいれば他に何もいりませんから」
「……そうかい」
けれど不安を安らぎが打ち消してくれる。
「俺もよ、お前がいれば他に何もいらねぇんだ」
「……そうですか」
互いに照れ笑いを宿して片手に少ない荷物を、もう片方に互いの手を繋いで歩いていく。行くあてもなく、けれど足取りは軽かった。

Next