【やりたいこと】
やりたいこと。
そんなものは今の僕にはない。
子供の頃に描いた夢は、仕事は、もうとっくに叶えた。
昔の「やりたいこと」だったものは今は「やらなきゃいけないこと」になっていて、そこに楽しいって感情はなく、苦痛ばかりの負の感情が渦巻いている。
「命を救う仕事」ってのはカッコ良くて、立派だって思うかもしれない。
実際、感謝も沢山されてきたし、僕自身だって誇りを持って仕事をしている。
でも全員を救える訳じゃないし、救えなかったら当然のようにその家族たちから恨まれる。
「なんで救ってくれなかったんですか?」「殺したのはお前らだ!」…って。
此方は自分の命削ってまで赤の他人を救おうって必死で毎日頑張ってるのにね。
常に人手が少ないから残業は当たり前。
過労で倒れたり、心が壊れてそのまま入院や休職ってのも良く見る光景。
戻って来る人もいるけど、姿を見ないまま退職してる人も沢山いる。
居なくなった1人分の穴を埋めるのは大変だってことは痛い程わかってる。
だからどんなにキツくても「自分だけは…」と続けてきた。
だけど、ふと思った。
「僕の命は誰が救ってくれるのだろうか」と。
心も体も限界が近いのは分かっていた。
だからこそ、ちゃんと自分を救ってもらえるのか不安になってしまった。
「消えちまいたい」「仕事行きたくない」「何もしたくない」
そんな言葉ばかりを呪いのように呟く日々が続き、新人時代のような仕事へのプレッシャーがズッシリとのしかかった。
「このままじゃ、駄目だ」
そんな言葉が脳に浮かび、気づけば紙とボールペンを手に取っていた。
翌朝。
出勤してすぐにパソコン前でカルテを見ている上司の所へ走った。
そして書き上がったばかりの辞表を机に置くと、上司は少し驚いたような顔をした。
「…本当に、辞めるつもりなの?」
「はい」
「そっかぁ…淋しくなるねぇ…」
「突然ですみません。でも…やりたいこと、探したいんで」
「…わかった、応援してる。明日からは有給消化ってことで終わりまで休みにしよう。…最後の仕事、任せたよ」
「ありがとうございます。長い間、お世話になりました」
明日からは何をしよう。
…そうだ、失くしたモノを探す旅なんてどうだろう。
何年も前に仕事の代わりに捨ててしまった「夢」や「趣味」をまた見つけたい。
…あぁ、なんだ。
僕の「やりたいこと」はこんなにも近くにあったのか。
【朝日の温もり】
夜は嫌いだ。
真っ暗で、冷たくて、闇の中で此方を見つめる「怪物」に喰われてしまいそうだと、ひたすらに怯え続けた。
いつの日か、夜に眠るのが怖くなった。眠ることができなくなってしまった。
昼過ぎに起きて、夕方から日付が変わる少し前まで仕事して、日付が変わった頃に帰ってビクビクしながら夜を明かす。
月1の通院日に最近どうだったか話して、場合によっては短期入院。
そんな日々を繰り返してもう4年近くになる。
生きるのも、死ぬのも、正直どっちでもいい。
僕は何者にもなれなかった空っぽの人間だから。
ふと時計をみると針は8時を示していて、窓の外からはいつものようにガヤガヤと近所の子供たちの元気な声が聞こえ始めた。
カーテンの隙間から覗くこの朝日だけが、僕の心を癒やしてくれる。
「あぁ、なんだ、もう朝か…」
睡眠薬を水と一緒に口に放り込み、朝日の温もりに包まれながら今日も僕はベッドで眠る。
【岐路】
僕は今、人生の岐路に立たされている。
人から選んでもらった道に従って歩くだけのラジコンのような人生を送ってきた僕にとって、「進学」「就職」「それ以外」ってのを選ぶのはまさに拷問に等しかった。
周りの奴らは自分の夢を叶えるための「選択」をしたようだったが、ラジコン人生な空っぽの僕はどうしたらいいのかわからなくて1人取り残された。
先生や両親からの「あなたが後悔しない選択をしなさい」って言葉も突き放されたようで、見捨てられてしまったように感じてしまって勝手に辛くなった。
シトシトと降る雨は僕の心を表しているようで、一向に止む気配はない。
目を背け続けていた現実と向き合わなければならない時期が、夏が、近づいている。
あぁ…嫌だなぁ…、と呟きながら部屋の隅で山積みになった大学や会社のパンフレットを遠く眺めた。