《溢れる気持ち》#10 2026/02/06
その人の何かがぼんやりと見える、なんて話を聞いたことがある。例えば、寿命までの日数が頭の辺りに浮かぶ、とか。
そんな、SFめいたものとは、一切縁がない。と、思っていたのだけど。
同級生の、桜子さん。背が低くて、眼鏡をが似合うおっとりさん。ある日、同じクラスの男の子に話しかけられいたのを見た。ちょっとノート写させて、みたいな他愛もないこと。
その時、桜子さんの頭の上に、何かがふわっと浮かんだ。
『しゃぼん玉?』
小さなそれは、黄色の光を残して、パチっと爆ぜた。教室を見渡す。誰も、しゃぼん玉を吹いてなんかいない。当たり前だ。幼稚園ならまだしも、ここは高校で。
でも、私の見間違えなんかじゃなかったんだ。数学の授業で先生に指名された時は、どんより青くて小さな玉がポツポツと。選択科目の音楽では、名前と同じ桜色が浮かんでいた。
ああ、あれは彼女の感情が顕れたものだったんだ。入学して以来、あまり接点がなかった桜子さんのことが、そのことに気付いてから急に親しげに感じられて。
そんなある日、私の視線に気付いたのか、桜子さんと不意に目があってしまって。
「あ…えっとね…」
悪いことしたかな…なんて言おう…ドギマギしている間に、桜子さんは真っ赤になった顔を机に伏せてしまって。
その、彼女の上に、鮮やかな赤色のしゃぼん玉が浮かび上がった。いつものように現れたそれは、膨れ続けて、いつも間にか教室一杯を覆うくらいになって。
その、しゃぼん玉の中に入り込んでしまった私には、確かに彼女の声が聞こえたんだ。
『目、合っちゃった…恥ずかしい…でも…好き、なの』
《旅路の果てに》#9 2026/02/01
「あの、もしやあなたは、勇者さまでは?」
長い旅の帰路、途中で立ち寄った…というより、力尽きて足を止めた小さな村でそう呼び止められた。
「いえ、その呼び名はもう…シロウ、で結構です」
魔王を倒したのは、世界を救いたいとかではなく、ただ父母の仇をとるためで。その為に、同行してくれた仲間を三人とも喪ったのは、それは、正しい行いだったのだろうか。
「では、シロウさま、何も無いところではございますが、ぜひ当家でお休みくださいませ。それに…一つお願いしたいことがありまして」
「願い、ですか?」
魔王軍の残党でも居るのだろうか、正直、もう疲れたんだ、僕は。
「どうか、こちらへ」
別室へ通されると、粗末なベッドに女性が休んでいた。何かを抱きかかえていた。
「てまえの妻です、そして」
女性の抱えていたものが、泣き声をあげた。
「私の娘です。昨日生まれまして」
赤ん坊、か。久しく見ていなかった気がする。
「この子の、名付け親になってくださいませんか」
「名付け親…僕が?」
「私達は…子を為すことを諦めておりました。生まれて来たところで、この世は地獄。そう思っていました。でも…」
男の妻が言葉を引き継ぐ。
「勇者さま達の活躍が、この村にも届いたのです。破竹の勢いで、必ず魔王を倒すだろう、と。それは、私たちの希望になったのです」
泣きやんだ赤ん坊が、今度は笑いだした。
「シロウさま、私達に、この子に、生きる希望を与えてくださいまして、本当に感謝致します」
希望か…この子のように、新たな産声を上げている存在が他にも居るのだろうか。それを、僕たちが…
「こうして出会えたのも、何かのご縁。ぜひ」
「では…サン、と。国の言葉で、太陽のことをそう呼んでいる」
そして、僕を庇って死んでいった、あの娘の名前だ。みんな、赦してくれるだろうか。
「ああ、ああ、良い名ですな。ありがとうございます」
喪ったものの報復の為に、更にかけがいのないものを喪った。その果てに"希望"が芽生えたというのなら……。
それでも、僕は、"サン"と、皆と、その希望を見てみたかったよ。
《あなたに届けたい》#8 2026.01.30
スマホのアラームが鳴っていた気がする。
『朝だ……朝っ?!』
夕べは、深夜遅くまで、格闘していたのだ。キッチンで初めての調理道具に触れ、机にかじりついて手書きで文をしたため(したためで良かったっけ?)、買ってきた映えそうな紙で百貨店みたいに箱を……綺麗には出来なかったけど、包んだ。それから、ベッドに潜り込んで、さり気なく声をかけるところから、その場で振られた時の為の言い訳まで、何度も何度も練習して……いつの間にか、寝落ちしてた。そして、今。
跳ね起きて、制服に着替えて、洗面台で辛うじて寝癖だけ押さえ込んで、牛乳だけ飲み干して、カバン掴んで。
「いっでぎまーす」
全力でダッシュ、最悪だ、最悪の出遅れだ。乙女の決戦日、バレンタインデーに何やってるんだ。
生まれて初めて、本命チョコを渡そうと決めた。それも朝イチで。下駄箱とか、放課後に呼び出して、なんて、無理だ。だって彼は超人気者で、隣校の女子だって狙ってるって。
先手必勝、何の取り柄もなくて、でも、このクソ度胸だけが自慢のウチにはそれしかないって思ったから。だから、今日この日、世界で一番最初にチョコを渡すのは、ウチ。そのはずだったのに。
校門で辛うじて風紀委員と生活指導を振り切って、教室に飛び込む。
目標の彼は……居た!もう、誰かから受け取っただろうか?今話していた女子はもしかして……分かんないや……渡さなきゃ……でも、さすがのウチも息が続かなかった。
教室の隅でへたり込む。もうじき、ホームルームが始まる。ああ、ウチが作り上げた渾身のチョコは、有象無象の中で溶けてゆくんだ。
チョコが入ったカバンを抱きしめるようにして、全てを諦め、立ち上がろうとした時、誰かが近付いてくる気配がした。
「咲良、大丈夫か?」
彼だった。何が起こってるか分からないまま、うんと頷く。
「おはよう、珍しいじゃん。ギリなんて」
彼がしゃがみ込んで、ウチの顔を覗いてくる。汗だくで、ほぼノーメイクで、見せられたもんじゃないから、顔を背ける。でも、彼はいつものように、優しく声をかけてくれる。誰にでも優しくて、ウチにも優しくしてくれて、だから、好きになった。
お、おはよう、と掠れ気味の声で返す。でも、それ以上、なにも言えなくて。この胸のドキドキは、走ってきたせいか、彼の顔が思いがけず近いところにあるせいか。
「なあ、これ、貰ってくれよ」
囁くような声と共に、そっと小箱が差し出された。
「これ、なに?」
辛うじて、発した疑問に彼の返答が被る。
「マカロン。ホワイトデーまで待てなくてさ。別に男から渡したって良いんだろ。じゃ、また後で」
囁き声を残して、彼は自分の席に戻っていく。
え?え?なにそれ、なんか、それ、ズルい!
負けたくない!よく分かんないけど、そう思って!
「ヒロキ!受け取れー!」
チョコを叩きつけるように渡して。
担任に呼び出し喰らって。
みっちり絞られたあと。
放課後、手を繋いで二人で帰った。
《I love...》#7 2026/01/29
(二次創作/原作『ぼっち・ざ・ろっく!』)
「詰まってるの?ひとりちゃん…あら、真っ白」
頭を抱えるひとりの脇から郁代がヒョイと覗くと、いつもの歌詞ノートは真っ白。
「リョウさんからテーマを言い渡されて…」
「珍しいわね、何?」
「そろそろこういうのも書けないとって」
言葉で発っする気力が無いのか、ノートの一行目にそれは記された。
「I love、先輩らしくないわね。でも」
何か狙いがあるのかも、と、郁代は今でも好みだと思っている顔を思い浮かべた。
「嫌、なんですよ」
ひとりが本当に嫌そうに零した。
「何が?」
「愛してます、って。好きな人から言われたいのは、自分だけじゃないですか」
「そうね」
「愛してますって伝えたいのも、本当に好きな人だけじゃないですか」
「うん」
「だから…それを喜多ちゃんにステージで歌って欲しくないんです」
ひとりの深い蒼の双眸が、自分を見つめるのを感じて、胸が高鳴るのを感じた。長い付き合いだけど、改めて、お互いの絆の深さを思い知らされる。
「良いじゃない、それ」
「へ?」
ひとりが顔にハテナを浮かべるのを見て、郁代は微笑んだ。
「だから、私達は、アイラブという言葉や感情を安売りなんかしません!って、歌詞にすれば」
「あ……なるほど」
ひとりがにやりとした。
「確かにそれならロックです」
「でしょ!じゃあ決まりね」
「はい、ありがとうございます!」
ひとりが再びノートに向かったその背中に、郁代は声をかけた。
「愛してるわ、ひとりちゃん」
「あっ、はい……あ、わ、私もです!愛してます!」
久しぶりに調整に失敗したひとりの大声を聞いて、郁代は嬉しそうに後ろから抱きつきながら思った。
ところで、リョウ先輩は、ちゃんと伊地知先輩に伝えられてるのかしら?どうも、想像出来ないのよね。
《街へ》#6 2026/01/28
「うーん……」
「何悩んでるの?」
晶子がスマホとにらめっこしてる。ちなみに、晶子は文芸部部長。私?私はその幽霊部員1号。2号も居るけど、今日もここには居ない。チャイムと同時に、コンビニ限定のクリアファイルがどうとか言って、ダッシュしてった。いってらー。
「いやさ、お題が"街へ"なんだよね」
「ふーん」
「いや、聞いてよ、円…まどかってばー」
聞いてるよ、顔に出てないだけでさ。晶子が言ってるのは、小説投稿アプリのお題のことだ。
「"街"じゃなくて"街へ"なんだよ。へ、ってことはさ、向かうとかそういうことじゃん」
「ああ、うん」
「うん…って、もう」
ふくれっ面した晶子の言いたいことは、まあ、解かる。私達の住むここは、まあ、辛うじて"町"と呼べるところで、奇跡的にコンビニが出来たのが3年前。憧れの"街"は、遥か彼方だ。
「どうにかしなよ、文芸部。腕の見せどころじゃん」
晶子の書く文は嫌いじゃない。想像力だって人一倍あるやつだ。ただ、晶子は納得いかないことは書けない性質だった。
「決めた」
「何?」
「取材…東京行く、週末」
わざわざ?イイねが貰えるだけのアプリの為に?片道3時間かけて?
「まどかも一緒だよ」
「だから、なんで?!」
「自分の気持ちに嘘はつきたくないから」
時折、なんか格好良いこと言うんだよな。今日のは、自分の作品の内容に、とか、そういうことか。
「今回の話、両片想いの友人同士で街へ逃避行する話にする。だから、一緒に来て!」
「話の筋決めたなら、私なんて一緒じゃなくても、一人で……」
そこまで言いかけて、ゾクリとして、晶子の顔を思わず見つめた。差し込んだ夕日に照らされたその顔は、私のことを真剣に見つめていて……小説なんかにさして興味の無かった私が幽霊部員を買ってでた訳は……。
「解った」
私は、同行することを承諾した。ただ、条件を一つ付けた。
「その話、ハッピーエンドじゃなきゃ嫌だからね」
「もちろん!」
晶子の、夕日の中で輝いた笑顔は、最高に綺麗で…この顔が見られるのだったら、街へでもどこでも付いていってやるよ。