「1億4960万km。これ、何の数字でしょう?」
彼女が突然そんな問題を出してきた。でも、僕にはまったく分からなかった。
だからなんとなく、
「月と地球の距離?」
と聞いた。
すると彼女は吹き出して、
「それは38万km。1億4960万kmは、太陽と地球の距離だよ」
そう言ってメモ帳にその数字を書き、僕に渡した。
「次のテストに出すから覚えておきなさい」
理科のテストは赤点しか取らない僕を相当まずいと思ったのか、先生が開いてくれた特別な居残り授業。
正直、嬉しかった。
さっき言った『彼女』とは、『先生』のことだ。
太陽のように明るい彼女の表情に、僕は入学してすぐ惹かれた。
でも、彼女の左手の薬指には、指輪が光っている。
僕のこの気持ちを打ち明ける日は、一生訪れない。
だから今のこの時間は、悔いのないよう楽しまないと。
永遠にこの時間が続いたらいいのになぁ。
教会の鐘の音、それは彼を思い出す音。
半年前、彼は教会の前で婚約をしてくれた。
「半年後に仕事がひと段落する。そしたら迎えに行く。そのときに改めてプロポーズさせて」
そう言って去って行った彼は、今日ここに戻ってくる。
私は教会の前で、あなたが来るのを待つ。
約束の午後1時。教会の鐘が鳴った。
ちょうど彼のことを思い出した瞬間、遠くの方でこっちに駆け寄って来ながら私に手を振る彼の姿が見えた。
その彼に手を振り返すべく、私は右手を挙げた。
つまらないことでも、君と一緒だとものすごく特別なことだって思えるんだ。
たとえば、大掃除とか。あとは、係の仕事とか。
世の中つまらない、めんどくさいって思うことばかりだけど、君がそばにいてくれたら、なんでも楽しくなっちゃう。君と一緒にいるうちに、気づけば自分が遊園地にいる気分になってる。
それくらい、君と過ごす時間は特別で楽しいよ。
明日はいよいよ卒業式だね。
大学は別々だから、一緒の空間にいられるのは、明日が最後だね。
だから明日、告白しに行っていい?
ある日を境に、私の目が覚めるまでに、
あなたが必ずしてくれるようになったことがある
カーテンを開けて、
2人で大切に育てている観葉植物に水をやり、
朝食を作る
数ヶ月前から、必ずあなたがやってくれている
私がやるからいいよって言っても聞いてくれない
いつも返ってくるのは、
「お腹にいる子が元気に育つように、朝はゆっくり寝てて」
という言葉だけ
妊娠が発覚してから、彼は朝に活発に動くようになった
そして私が起きたら、私と私のお腹の中にいる子に「おはよう」と声をかける
その度に、この人と結婚してよかった、と心の底から思う
「この病室からはね、春になると桜が見えるんだよ」
そう教えてくれたお医者さんは、その次の日に死んだ。
「亡くなった原因、分からないままなの」
お医者さんについて聞いたときに看護師さんはそう教えてくれた。その看護師さんも次の日に死んだ。
「なんか、この病院呪われてそうだよね」
別の看護師さんは、不安そうにそう言った。そう言った看護師さんも、その次の日に死んだ。
病院が呪われてるんじゃない。私が病院を呪っているのだ。
私の母は、この病院の中で死んだ。母は癌を患っていて、ここで手術を受けた。でも病院側のミスで、手術は大失敗に終わり、母は亡くなった。
その仇をとるため、私は人を呪う力を手に入れた。
ここで働いている人は全員呪い殺す。
全員殺せるまで、私がこの病院を去ることはない。