「流れ星に願いを」
何故流れ星に願うのだろう。
あんなにも遠く、手の届かないモノなのに。
藁にもすがる思い という言葉があるけれど、
流れ星に願うというのは、恐らくこの手が届くであろう藁よりも頼りない事の様に思える。
或いは神や仏の様に、手が届かないからこそそこに己の想いを託すのだろうか。そう言った事なら、確かに藁は頼りない。
いずれにしても、何もせず願うだけで何かを叶えようなどと、ロマン主義の裏には、見るに耐えない怠慢があるのだ。
「ルール」
ルールを破るたび人間は獣に近付いていく。
ルールを武装し、ルールを押し付け、ルールに反発し、ルールに従う。
ルールを嫌悪し、ルールに安堵する。
ルールを作った我々人類は、ルールによって形作られている。
「今日の心模様」
ビニール傘をくるくると回す。帰りのバスを待つ。
雨の日だけバスに乗って仕事へ向かう。
夏になると出勤する時間にも気温は高く、いつも汗だくで仕事に取り掛かっている。
なら、夏の様に暑い日も雨の日同様バスを利用すればいいといつも考えるのだが、なかなかどうしてこれが難しい。
私はいつも朝起きると仕事に行く準備をしながら、コーヒーを淹れる。準備が終わると飼っている猫を可愛がりながら淹れたてのコーヒーを飲む時間がたまらなく好きなのである。
コーヒーを飲み終わる頃には丁度仕事へ向かう時間で、
よいしょと重い腰を持ち上げているのだ。
だが、雨の日となると、こうはいかない。バスに乗る日は15分ほど早く家を出なければ行けない。丁度コーヒーを飲みながら猫を可愛いがっている時間だ。バスは時刻表通りに運行されるのだがら、当然私のコーヒータイムを待ってはくれないのだ。
なので、今日も私は至福である猫とコーヒーの堪能を諦め仕事に来た。
ならば朝目覚める時間を15分早く出来ないかとも考えた。だがこれも難しい。朝の目覚めを15分早くすると言うのは、私からしてみれば1時間早く目覚めているに等しい。こんな苦痛はあるものかと早々に考えるのをやめた。
やはりバスに乗って通勤することは、私にとっては様々な問題が発生してしまう選択なのだ。
そうこう頭を悩ませていると、バスが到着した。私はバスに乗り込み適当な座席を見つけ腰掛ける。ふと、辺りを見渡しても、私以外には誰も乗っていなかった。そのままバスは私だけを乗車させ発進した。
まるで運転手がこの私の専属運転手の様で、私だけを迎えに来たうえに、さながらリムジンの様な長い車体を、安全運転で丁重に送ってくるという。何とも心地よい体験をしたのだ。こんな日もあるのかととても得した気分だった。
バス通勤も悪くない。私はビニール傘をくるくると回しながら家路に着いた。
「雫」
ガラスに張り付く 未練たらしく。
まるで僕自身を見ているようで少し、少し嫌いになりそう。
嫌いになれない所が、嫌気がさす。