初めてタバコを吸ってみた。
全然美味しくなんてなかった。
肺をいっぱいにする煙のせいで咳が止まらなくなって、涙と鼻水が勝手に出てきた。
すぐに灰皿にタバコを押し付けて、火を消した。
顔をぐしゃぐしゃにしたまま、部屋の隅で小さくなって、しばらくそうしていら、お風呂に入りたくなった。
タバコの匂いが残るリビングから逃げるように、熱いシャワーを浴びた。
いつものタバコが箱に1本だけ残っていたから、彼の痕跡を消したくて吸ってみた。
余計に思い出してしまった自分は馬鹿だと思う。
彼の好みだから伸ばしていた髪も、今はただ水を吸って重いだけだった。
もう何も考えたくなくて、灯りを消してベッドに入る。
彼も自分も面倒くさがりで、取り込んだ洗濯物をそのままベッドの上に放っていた。
自分のも彼のも一緒くたに、たくさんの布がそこら中に散らばっている。
手探りでその一つを引き寄せた。
それが何か、見えなくてもわかった。
彼が置いていった からし色のセーター。
洗っても洗ってもタバコの匂いがとれなくて、結局二人とも諦めた。
セーターに顔をうずめた。
ちくちくした生地が心地よかった。
まだ、タバコの匂いがする。彼の匂いが。
落ちていく。彼女の瞳から、ぽたぽた。きらきら。
僕はその頬に手を伸ばした。
「泣かないでよ」
触れて、呼びかけたのに、こっちを見もしない。
「ねえ」
拗ねてるのかな。君が泣くまで気づけなかったから。
「ごめんね」
そう言って、僕より小さな彼女を抱きしめた。
震える肩も、漏れる嗚咽も、僕の心を締め付ける。
どうしたら泣き止んでくれるだろうか。
「そうだ。君が行きたがってた、あのカフェに行こうよ。一緒にパンケーキを食べよう」
すると、彼女が唐突に顔を上げた。よかった。
あーあ、目が真っ赤になってる。
僕は笑顔で彼女を見つめ、その口が開くのを待った。
「……嘘つき」
まだ涙を溜めた瞳が僕を睨む。
……いや、僕じゃなくて、僕の後ろを睨んでいる。
「嘘つき、嘘つき。ずっと一緒にいるって約束したじゃない」
嫌な予感がして僕は振り向いた。
そこには、花に囲まれて棺に横たわる、僕がいた。
広くて白い部屋に、漂う線香の香り。
瞬間、記憶が濁流のように押し寄せる。
ああ、どうして忘れていたんだろう。
僕は昨日、死んだんだった。
彼女の泣き声が聞こえる。
なぜか今まで気づかなかったけれど、見下ろした僕の手の平は透けていた。
透けた腕で彼女をもう一度抱きしめる。
「ごめんね」
落ちていく。彼女の瞳から、もう僕が拭えない涙が。