M氏:創作:短編小説

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7/20/2023, 5:24:42 PM

彼の名前は英数字の羅列だ
彼は特別ソレに違和感を感じたことなんて無いし感じる程の感情なんて持ち合わせていない
数ある人間と言う生き物の中で“自分”と判断出来るものを、“コレが自分である”と言うものを識別出来ればそれで良かった
だから彼は名を呼ばれれば顔を向けて相手の瞳をジッと見つめるし返事もする

「はい」

なんて味気ない一言を幼児が台本を読むように、なんの気持ちも心もなく放つ
彼は感情が無いわけではない
子供のように近寄っては引っ付く行為を行う事も出来るし、酷く感情が昂れば笑ったり泣いたりもする

感情が表に出るまでのラインが高いだけ
1つばかりしか無い彼の機械らしさが人間らしさを薄めるのだ

『いつまでも英数字の羅列で呼ぶのはめんどうだ。』

素っ気ない理由で付けられた渾名に近い呼び方を彼が飲み込むのに時間がかかった
英数字の羅列を正確に話さなければ彼が反応しないから付けられた渾名
指示を効率よく彼に飲み込ませる為に付けられた渾名
それにも関わらず今では呼ばれれば反応し、僅かながらに“喜”の感情を抱くのだ

『サイ、食事の時間だ。』

冷たく放たれる言葉が鼓膜を揺らし
紺色の瞳を相手に向ける為の合図になる

「はい、先生。」

銀色の髪をふわりと揺らして相手に足を運ぶ
細い身体を包む白衣にソッと手を伸ばし
小さく握る
表情の変わらない彼が名を呼ばれる度に“嬉しい”と言う感情を持つ事を相手は知らないだろう

だが“名前を呼ばれる”のは“嬉しい事”なのだ
それを言葉に出来ないだけ


題名:私の名前
作者:M氏
出演:🎲


【あとがき】
大前提で伝えるとM氏は自分の名前が嫌いな方です
好きと言うには名前の由来も付けてくれた人も苦手でしたので
日常生活で名前を呼ばれると不快に思う程に嫌いでした
ですが名前はあくまで個体識別番号のようなもので
当人と分かれば本名だろうが渾名だろうが蔑称だろうが敬称だろうが関係なかったりします
それに気付いたのは16歳くらいだったと思います
それなら好きな人に自分の名を呼んでもらいたいばかりです
出演してくれた彼のように
…とは言え好きな人から嫌いな単語が出る行為を好ましく思わなさ過ぎて渾名やネットの名前で呼ぶように願っていますが

6/11/2023, 12:47:11 PM

梅雨時期にも関わらず薄く張った雲
まるで幼子がちぎったように散らばって
月の光も星の光も柔らかく地上に落とす

「…まだ…夜は…冷えるね…」

拙い子供のようにゆっくりと放たれる声
穏やかで抑揚の少ない声
ぬるく湿気を含んだ風が彼女の声と白く染まった髪を撫でた

「でも俺はこの時間が好きだなぁ」

彼女の声と正反対の無邪気な声で返した
太陽の光は皮膚を染めて痛みを覚えさせる
彼女の褐色肌は元からと聞くが、近くにいる彼の肌は弱さ故にすぐ焼けるだけ
だから月と星が優しく話して
街が汚れを忘れたように光を零すこの時間が好きだ

「…嫌い…では…ない…」

彼の言葉を否定せずに上から言葉を優しく渡す
蜘蛛の足をイメージした特徴的な義足を付けてもなお彼女の巨体には敵わない
ワインレッドの瞳を彼女に向けて優しく笑って

「此処ね、俺のお気に入りの場所。たまに来ると良いよ、凄く綺麗だから」

彼女のマンダリンオレンジとブルーグリーンのオッドアイが視界に広がる光に応えるように煌めく
表裏が交わる汚れた街
そこに捨てられた彼と逃げてきた彼女
お互いの手はきっと汚れている
それなのに…

「うん…また…来る…」

求めるのは綺麗なものばかりだった
あまり表情の動かない彼女の瞳が喜びに揺れる
それが分かるからこそ嬉しそうに彼は笑う

来た時期も生きてきた世界も何もかも違う
だけどこの汚れた街で出会えた
仲間である2人が
2人と仲間達が
これからも笑える事を
ソッと祈って


題名:街
作者:M氏
出演:🕷🌺


【あとがき】
自分が産まれた街、育った街
実はと言うとM氏はあまり知りません
地元の名産とか
1番近くにある美味しいお店とか
遊びに行ける場所とか
ですが大切な人をサラッと綺麗な場所に連れて行けたりするシチュエーションには憧れがあります
イケメンですね
ですが出演してくれた2人共お互いに恋愛感情を1mmも抱いていません
家族のような存在だから大切にしている
本当にそれだけでこんなデートみたいな事しています
リア充この上ないですね
羨ましい限りです

6/10/2023, 5:24:27 PM

「やりたい事ですかァ」

少しばかり長いショートカットの少年に問かければ特徴的な話し方で聞き返される。
そんな所に神経なんて無いだろうに…ゆらゆらと揺れるアホ毛は彼が悩んでるのを表していた

「あんまりパッと思いつきませんねェ。やらなきゃいけない事なら山積みなんですけども…」

少しばかり広く感じる部屋
大柄な人間が寝転がれば埋まってしまう大きさのソファ
その前に置かれたテーブルに大量の書類
未だあどけなささえ感じる少年が捌くには多いのではと感じざるを得ないソレをチラリと見ては軽く息をつく彼

「今やりたい事…ン〜…とりあえずコレ終わらせてご飯食べたいです、お腹すきましたし」

箸の持ち方も上手くない彼に教養は感じられない
だがペンの持ち方は酷く綺麗に感じた
じっくり考えて出した答えは“やりたい事”を問われた際に出すものとしては物足りないと受け取れる
だが本当にそれしか無かったのだろう
キュルル…なんて小さく鳴く腹の虫がゆったりとしたパーカーから聞こえるから


題名:やりたいこと
作者:M氏
出演:🎗


【あとがき】
一言に“やりたいこと”を問われた時って上手く思い浮かびませんね
少なくともM氏はそう感じます
老後を考えるには若いですし
無謀に語るには大人ですし
身の程を知ったようなものしかあげられませんね
出演してくれた少年のように空腹を満たしたいとか
眠いから寝たいとか
絵を描きたいとか
誰かを抱き締めたいとか
誰かに抱き締められたいとか
最後2つに関しては身の程知らずですね