M氏:創作:短編小説

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彼の名前は英数字の羅列だ
彼は特別ソレに違和感を感じたことなんて無いし感じる程の感情なんて持ち合わせていない
数ある人間と言う生き物の中で“自分”と判断出来るものを、“コレが自分である”と言うものを識別出来ればそれで良かった
だから彼は名を呼ばれれば顔を向けて相手の瞳をジッと見つめるし返事もする

「はい」

なんて味気ない一言を幼児が台本を読むように、なんの気持ちも心もなく放つ
彼は感情が無いわけではない
子供のように近寄っては引っ付く行為を行う事も出来るし、酷く感情が昂れば笑ったり泣いたりもする

感情が表に出るまでのラインが高いだけ
1つばかりしか無い彼の機械らしさが人間らしさを薄めるのだ

『いつまでも英数字の羅列で呼ぶのはめんどうだ。』

素っ気ない理由で付けられた渾名に近い呼び方を彼が飲み込むのに時間がかかった
英数字の羅列を正確に話さなければ彼が反応しないから付けられた渾名
指示を効率よく彼に飲み込ませる為に付けられた渾名
それにも関わらず今では呼ばれれば反応し、僅かながらに“喜”の感情を抱くのだ

『サイ、食事の時間だ。』

冷たく放たれる言葉が鼓膜を揺らし
紺色の瞳を相手に向ける為の合図になる

「はい、先生。」

銀色の髪をふわりと揺らして相手に足を運ぶ
細い身体を包む白衣にソッと手を伸ばし
小さく握る
表情の変わらない彼が名を呼ばれる度に“嬉しい”と言う感情を持つ事を相手は知らないだろう

だが“名前を呼ばれる”のは“嬉しい事”なのだ
それを言葉に出来ないだけ


題名:私の名前
作者:M氏
出演:🎲


【あとがき】
大前提で伝えるとM氏は自分の名前が嫌いな方です
好きと言うには名前の由来も付けてくれた人も苦手でしたので
日常生活で名前を呼ばれると不快に思う程に嫌いでした
ですが名前はあくまで個体識別番号のようなもので
当人と分かれば本名だろうが渾名だろうが蔑称だろうが敬称だろうが関係なかったりします
それに気付いたのは16歳くらいだったと思います
それなら好きな人に自分の名を呼んでもらいたいばかりです
出演してくれた彼のように
…とは言え好きな人から嫌いな単語が出る行為を好ましく思わなさ過ぎて渾名やネットの名前で呼ぶように願っていますが

7/20/2023, 5:24:42 PM