「明日からしばらく休みとか、最悪」
「宿題多いしね」
「それな。お前、おうち時間何すんの?」
聞かれた瞬間、ドキッとした。
なんて答えよう……。
本当は、小説を書くことしか考えてない。
でも、正直に教えるなんてできない。
またまだ実力ないし、見せてとか言われたらヤだし。
相手だって話の広げようがなくて困るだろうし。
ゲームする、とか言ってみる?
でも一緒にやろうってなったら時間なくなりそう。
ランニング、とか言ってみる?
でも自粛明けバテバテで嘘になりそう。
「んー、やっぱ読書、かなぁ」
心の中で友達に手を合わせる。
苦笑いを浮かべる自分がもどかしかった。
早く、自信を持って答えられるようになりたい。
休みの日、何してんの? に。
怒られない為に我慢を身につけ、
浮かない為に同調を身につけ、
気に入られる為に愛想笑いを貼り付け、
常識として礼儀を身につけた。
大人になるため。
社会で生き抜くため。
裸を恥ずかしいと思ったあの時から、
いろんなものを身に纏ってきた。
何重にも覆われたこの体は、
体重も身長もずっと大きくなり、
核をなす無垢な私がどこにあるのかすら判然としない。
子供のままでいられたら。
何もかもを脱ぎ捨てられたら。
そう思うこともある。
だけど、私は案外気に入っているのだ。
鏡に映る私の、苦労、責任、経験、達成感、
少しの矜持と、その他諸々で満ちた姿を。
今日は金曜日。
明日は何を着て出かけよう?
外から見た地球はガラス玉のように美しかった。
太陽系を抜け出すと、広大な銀河が燦然と輝いていた。
漆黒の深淵に浮かぶ無数の天体たちに圧倒される。
果てのない宇宙はどこまでも静謐で、
私はじっと貴方の鼓動を聴いていた。
銀河を旅していると、小さな星を見つけた。
小さな島と小さな海のほかには何もなかったけれど、
仄かに碧く光る健気なところが気に入った。
私たちは小さな星に座り、宇宙を見上げた。
二人だけの景色が広がっていた。
言葉では足りないほど綺麗だった。
ようやく見つけた。
ずっと探していた場所。
誰にも迷惑をかけず、冷やかされず、
隠れる必要もなく、
ただ、ありのままを言葉にできる場所を。
私たちは目を見合わせて微笑んだ。
「愛してるよ」
静かなる宇宙の片隅で、私たちは愛を叫ぶ。
葉っぱの裏って寝心地いいのかな。
教室の後ろ、虫籠の中をじっと覗いていた。
青葉か惰眠を貪っているアオムシたち。
食べ物の上で暮らしているのがカワイイ。
ふわふわのパンにくるまって眠るみたいな生活。
ちょっと憧れちゃう。
天敵もいないから安心安全なのに、
一匹残らず蝶になって飛んでいった。
葉っぱを食べて暮らすよりも、
花の蜜を吸って、子孫を残す方がタイセツなんだ。
昼下がりの教室。
窓の外、ひらひらと舞うモンシロチョウを眺める。
どんな蜜の味なんだろう。
まだ青いままの僕は、頬杖をつく。
買っちゃった。
ホントに買っちゃったよ。
自分の部屋に転がり込み、僕はいそいそと鞄を開く。
幻のミステリー小説。
知る人ぞ知る名作でありながら、
なぜかほとんど知名度がなく入手は困難を極めた。
古今東西あらゆる古書店を巡り、
今日、ついに手に入れたのだ。
僕はもう惚れ惚れとして、
本棚に立てかけて写真を撮ってみたり、
子供をあやすように高く掲げてみたり、
それはそれは喜色満面、狂喜乱舞の有様だった。
一通り鑑賞した僕は、机に腰を据えた。
伝説の犯人当てトリック。ゴクリと唾を飲み込む。
高鳴る鼓動を抑えながら、本を開いた。
1ページ目に、ラクガキが書かれていた。
【犯人は赤佐田奈浜ダヨ】
あれから10年、僕はまだあの本を読めていない。