『星空』 No.98
次もまた、ここで星を……見られると、いいね
涼しい冬の日だった。
ちょうど星がよく見えたので、山に登った先で出会った、星月さん。もともと私は星が好きだったので、今日みたいな日はいつもここに来ていた。
そんな、いつも通りのうちの一日に、会った人。
最初は気にしなかったし、気にもならなかった。いつも天体観測に来るひとなんて一人や二人居ても普通なこと。ましてや同世代のひとだってたくさん居たし、(いつもどおりか。)と思いながら折りたたみ椅子を広げた。
少し上を見上げて、しばらく星を見つめた後。
ふと喉が渇き、リュックの中にあるはずの水筒を探す。この辺……あれ?
私は思い出した。玄関で靴を履くときに忘れ物を思い出して、ものを入れ直したことを。その時に水筒を取り出してしまったのだ。
どうしようかとこまっていたら……
「……これ、よかったらいります?」
涼しい日にふさわしい、凜とした声がした。
はっとして後ろをみると、そこにはさっきみた一人の男性がいた。片手には湯気が微かにたつ、缶コーヒーが差し出されていた。
「……ごめんなさい、私、コーヒー苦手で」
「あはっ、そうですか…、!いや~、チョイスミスりましたね~」
ふっと笑みをこぼしながら、彼はしゃがみこみ、頭をかきむしった。
いつの間にか二人で話していて、好きな正座、星のクイズ(これは私が圧勝した)、指差した先の星の解説……などなど、話せば話すほど止まらなかった。
そして、ふいに彼がいったのだ。
次もまた、ここで星を……見られると、いいね
いつかまた、会うのを待ち焦がれて。
雨の今日も、山へ登る。
『この道の先に』 No.97
この先の道に
ゴールはない。
この先の道に
スタートもない。
この先の道は
あなたがゴールを決め
この先の道は
あなたがスタートも決める。
全ては、あなたから始まり、
あなたで終わる。
『夏』 No.96
だらりと頬を伝わって、首まで下りてくる汗。
ひまわり畑の一本道
プールにはしゃぐ小学生
スイカに塩をふるお婆さん
みずうちをする奥さん
「暑いですね~」と世間話をするおじさん
私の、いつものなつ。
…─────────────────────…
あとがき
本格的に暑くなって参りました。
皆さん、体調管理、体内時計にはしっかり気をつけて、楽しい夏を過ごして下さい。
『ここではないどこか』 No.95
再会するなら、
ここではない、どこかにしてほしかった。
事故現場じゃ、なくて。
冷たくなった貴方の前じゃ、なくて。
『繊細な花』 No.94
その街には、「いきたガラス」を作ると言われるほど腕のいい、ガラス職人のビルがいた。
毎日繁盛、ガラスも一日で何十枚も売り上げがあった。また、ガラス目当てじゃない客もたくさんいた。ビルは話が得意だったので、くる客みんなを笑顔にした。
そんなある日、かわった注文が入った。
「娘が、余命宣告を受けた。花を作ってほしい」
との、一言だった。
最初聞いたときは、「他を当たってください」と言うつもりだった。ガラスでちょっと置物を作ることはまだあったが、ましてや花なんてとんでもない。そんな注文は、受け取れない。
そう言っても熱心に頼む父親の心に負け、ビルは電話越しに頷いてしまった。
顔は見えないけれど、相手側がパッと笑顔になる。そんな気がしたのを最後に、住所だけ聞いて受話器を戻す。
──…花、か。
ビルはガラス工房のほうを見て、がっくしと肩を降ろした。受けてしまった。趣味程度の努力で、余命宣告の掛かった娘さんに作らないと行けない。
ろくでもないものを持っていって、父親と娘が目を丸くする姿がくっきりと浮かぶ。
ため息をつきながら、計画書と鉛筆をもった。
そこから、本当の戦いが始まった。
設計をどうするか悩んで、悩んで、悩んだ。
父親の言うには、娘はひまわりが好きなそうだ。
ひまわりは可愛らしく作ることも考えたが、そんなことをしたらビルは特技を最大に行かせん。と首を振り、普通のひまわりを作ることにした。
他にも、花びらは何枚にするかですごくなやんで、
ひまわりのモデルを入手するにもとても困った。
丁度ご近所さんがひまわりを育てていたので、結果的に近くに答えがあったことを知ってとても悔しかった。
あとは、ガラスでつくるだけ。
そう思っていたときに、また聞き覚えのある声で電話が届いた。
「娘が、死んだ」と。
ビルは、とりあえず「あぁ、それは…本当に…」
と、残念に思った。花が、間に合わなかった。
もっと、早く花を作っていれば。
そう、父親に言われた気がして、なぜかはらがたつ。急いで電話を終わらして、ビルはもう、花を作るのをやめた。
それから数年後、ビルは、店を隣町に繰り越すことにした。この街では随分世話になった。だから、今度は隣でも試してみたら?という妻の一言が引き金だ。
部屋を整頓していたら、ぐしゃぐしゃの設計図の束が棚から出てきた。
いっそこのまま、ゴミ箱に…とは思ったが、惜しいので、今までを振り返ることにした。
あぁ、ステンドグラスも作ったなぁ。これは、姪っ子に送ったキリンの置物か。八百屋の窓もつくったし、ひまわり…─
ひまわり。それで、ビルは硬直した。
…ひまわり。良い案が浮かぶ。
ビルは、この街に花を贈ることにした。
案さえ浮かべば、大丈夫。あとは焼くだけ。にしても、何の注文だったかな。…どうせ、自分の趣味ごとだろう。
染色してから、ビルは花を街におくった。
街はたいそう喜び、みんなで、「とくに、この花びらに描かれた模様が美しいわ」と褒めた。花びらの中にまたひまわり畑を描くというビルの発想は、だれも思いつかないような考えだった。
「あとは、このひまわり摘みをしている女の子も素敵ねぇ。」
…。頭に亀裂がはいる気がした。女の子、ひまわり。父親、余命宣告…─一気によみがえる。
…他の人からの注文を、街に贈呈してしまった。
繊細な表現で見事に描かれた少女は眩しかった。
ビルの目を焼き尽くすほど。
いや、焼けていない。
泣いているのだ。