雨音

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『繊細な花』     No.94


その街には、「いきたガラス」を作ると言われるほど腕のいい、ガラス職人のビルがいた。
毎日繁盛、ガラスも一日で何十枚も売り上げがあった。また、ガラス目当てじゃない客もたくさんいた。ビルは話が得意だったので、くる客みんなを笑顔にした。

そんなある日、かわった注文が入った。
「娘が、余命宣告を受けた。花を作ってほしい」
との、一言だった。
最初聞いたときは、「他を当たってください」と言うつもりだった。ガラスでちょっと置物を作ることはまだあったが、ましてや花なんてとんでもない。そんな注文は、受け取れない。
そう言っても熱心に頼む父親の心に負け、ビルは電話越しに頷いてしまった。
顔は見えないけれど、相手側がパッと笑顔になる。そんな気がしたのを最後に、住所だけ聞いて受話器を戻す。


──…花、か。


ビルはガラス工房のほうを見て、がっくしと肩を降ろした。受けてしまった。趣味程度の努力で、余命宣告の掛かった娘さんに作らないと行けない。
ろくでもないものを持っていって、父親と娘が目を丸くする姿がくっきりと浮かぶ。

ため息をつきながら、計画書と鉛筆をもった。



そこから、本当の戦いが始まった。
設計をどうするか悩んで、悩んで、悩んだ。
父親の言うには、娘はひまわりが好きなそうだ。

ひまわりは可愛らしく作ることも考えたが、そんなことをしたらビルは特技を最大に行かせん。と首を振り、普通のひまわりを作ることにした。

他にも、花びらは何枚にするかですごくなやんで、
ひまわりのモデルを入手するにもとても困った。
丁度ご近所さんがひまわりを育てていたので、結果的に近くに答えがあったことを知ってとても悔しかった。
あとは、ガラスでつくるだけ。
そう思っていたときに、また聞き覚えのある声で電話が届いた。

「娘が、死んだ」と。


ビルは、とりあえず「あぁ、それは…本当に…」
と、残念に思った。花が、間に合わなかった。

もっと、早く花を作っていれば。

そう、父親に言われた気がして、なぜかはらがたつ。急いで電話を終わらして、ビルはもう、花を作るのをやめた。



それから数年後、ビルは、店を隣町に繰り越すことにした。この街では随分世話になった。だから、今度は隣でも試してみたら?という妻の一言が引き金だ。

部屋を整頓していたら、ぐしゃぐしゃの設計図の束が棚から出てきた。
いっそこのまま、ゴミ箱に…とは思ったが、惜しいので、今までを振り返ることにした。

あぁ、ステンドグラスも作ったなぁ。これは、姪っ子に送ったキリンの置物か。八百屋の窓もつくったし、ひまわり…─


ひまわり。それで、ビルは硬直した。

…ひまわり。良い案が浮かぶ。

ビルは、この街に花を贈ることにした。
案さえ浮かべば、大丈夫。あとは焼くだけ。にしても、何の注文だったかな。…どうせ、自分の趣味ごとだろう。

染色してから、ビルは花を街におくった。


街はたいそう喜び、みんなで、「とくに、この花びらに描かれた模様が美しいわ」と褒めた。花びらの中にまたひまわり畑を描くというビルの発想は、だれも思いつかないような考えだった。

「あとは、このひまわり摘みをしている女の子も素敵ねぇ。」

…。頭に亀裂がはいる気がした。女の子、ひまわり。父親、余命宣告…─一気によみがえる。


…他の人からの注文を、街に贈呈してしまった。

繊細な表現で見事に描かれた少女は眩しかった。

ビルの目を焼き尽くすほど。
いや、焼けていない。
泣いているのだ。

6/26/2023, 4:13:32 AM