遠い日の記憶
朝、幼稚園に行きたくなくて大泣きする私の手を無理やり引いて連れて行くあの手が大嫌いだった。先生に無理やり引き剥がされて大泣きする私の頭を必ず撫でてくれる手が大嫌いだった。頭を撫でられることは朝のお別れを意味するから。最近、1人の帰り道で母さんも泣いていたことを聞いた。
小学生の頃、毎日外でボール遊びをして、虫取りをして、一緒に遊んでくれる母さんが大好きだった。
大学生になった私は、一人暮らしを始めた。実家から帰る時、本当は昔みたいに大泣きしたくなる。また、手を繋いで欲しい。頭を撫でて欲しい。家に帰って、母さんが持たせてくれたご飯とか、買ってくれていた服とか1つずつ広げる度に意味もなく涙が出てくる。大泣きして、少し落ち着いて食べる母さんの手料理はいつも励ましてくれた。
私が選んだ就職先は、大学よりも実家から離れた場所だった。社会人生活というのはとても忙しく、帰省するタイミングも無いままズルズルと日々が過ぎていった。気づけば半年ぶりの帰省だった。その時見た母さんの手は、私の記憶の中の手よりシワが増えていた。こうやって、いつの間にか会う間隔が長くなっていって、母さんが死ぬまでにあと何回会えるんだろうか。ふとそんなことを思うと、涙が溢れてきた。私も、人の死を経験するような年齢になった。友達の親が死んだとか、同級生が病気になったとか聞くことが増えた。人がいつか死ぬことを分かる年齢になった。
小さい頃繋いでくれた手も、頭を撫でてくれた手も、おにぎりを握ってくれた手も、大丈夫と背中をさすってくれた手も、いつか無くなってしまう。無くなってしまう前に、たくさんの感謝と愛してるを伝えたい。
子供の頃の記憶は、遠くてとても輝いている。その輝く記憶をいつまでも、色褪せることなく覚えていたい。
空を見上げて心にうかんだこと。
どこまでも青く澄んだ空は、どこか君に似ている。遠くに見える白い雲は、風と戯れ、その形を自由自在に変化させる。それは、ころころと変わる君の表情のよう。
もう会うことは無いけれど、私は人混みの中に、テレビの中継に、君の姿を探してしまう。どこか、私の知らない所できっと幸せに生きていることでしょう。あなたと過ごした時間は人生の中でとても短く、ほんの一瞬の青い春でした。もし、もう一度会えるならその時は少しだけ私の気持ちを聞いてくれますか?
青空は、穏やかな春の日差しのように笑う君を
夕空は、日が沈む中いつまでも話していたあの放課後を
夜空は、君のことを考えて一喜一憂していた私を
星空は、1度でいいから君と見てみたいという叶わぬ願いを
雨空は、あの日傘を差し出してくれた君を
雪空は、雪にはしゃいでいた君を
どんな空模様でも、心に浮かぶのはいつも君のことです。頭上には常に空があるように、私の心の中には常に君がいます。
でも、君は私の事なんて思い出さないでしょう。素敵な人と出会って、恋に落ちて、、その相手が私ならと、思ったりもしました。けれど、もし、今がつらくて、耐えられないなら、私がいることを知って欲しい。今の君の外見も何も分からないけれど、私の思いは変わらないから。君の記憶の中の私が君を支えられるように、願っています。