カランコロンと錆びれたベルの音がする。
ドアの方を見るとそこには彼がいた。ほんの些細な出来事ですれ違い別れてしまった彼が。
このカフェはあまり有名でもないし、お客さんの年齢層も高めで高校生が来るのは珍しい。
彼は誰かを探すように店内に視線を巡らせ私のところで止める。どうしても目を逸らせない。どう対応するべきか決めかねていた時店長に声をかけられた。
「行っておいで。知り合いなんだろ。もうラストオーダー終わから大丈夫だよ」
「でも...」
なかなか気は乗らなかったが早めに話をつけて帰ってもらうのが1番だろう。店長が入れてくれたコーヒーを持って彼のそばに行く。
「久しぶり」
彼は素っ気なく「おぉ」とだけ返した。1番端のテーブルにコーヒーを置いて座るように促した。
しばらく沈黙が続く。
沈黙に耐えられずに口を開いた時だった。
彼はまっすぐに私を見つめて言った。
「もう1度、俺と付き合ってくれませんか」
予想通りの言葉がやってきた。
私たちは別に仲が悪い訳でも無かった。
それでも徐々に一緒にいるのが苦しくなった。
よく話し、反応が欲しい私と。
静かに人の話を聞き自分の話はなかなかしない彼。
一見合うように見えるが何かがはまらなかった。
「ごめんなさい」
私はただ一言そう言った。
彼は初めから想定済みだったのか体勢を崩して苦笑いを浮かべた。
「そっか....そうだよな。わかってた。ごめんな」
何も言えなかった。ただ手を握りしめて俯くことしかできなかった。
こんなに弱気な彼を見るのは初めてで、こんなにも自分を見せてくれるのも初めてで。
なんでもうちょっと早く自分を見せてくれなかったんだろう。なんでもう少し待てなかったんだろう。
「悪い。いきなり。帰るわ。ごめんなさいって店長さんに言っておいて」
「じゃあな」
テーブルの上に千円札を置いて去っていった。
結局彼の顔は見れなかった。涙で滲む世界の中で彼の後ろ姿はドアの方へと吸い込まれる。
彼はもう「またね」とは言わなかった。
「ごめんね」という掠れた声はからに届いただろうか。
視界の端で小さく彼が頷いた気がした。
錆びれたベルの音がしてバタンとドアが閉まった。
私はきっとこのドアベルの音を一生忘れない。
いつもどこでも一緒だった幼馴染がこの春、私の隣からいなくなった。
別に特別仲が良かった訳でもないし、きっと幼馴染じゃなかったらお互い会話すらしないようなタイプだったと思う。
あの子は少し言い方がキツくて、傷つくこともあったし、考え方の違いからぶつかることだってよくあった。
それでもお互い離れなかった。
家は隣同士。部屋はベランダを挟んで隣同士。幼稚園、小学校と9年間同じクラス。中学校では1回も同じクラスにはならなかったけど。部活も一緒、通っている塾も、受ける授業も時間も一緒。24時間一緒にいた訳ではない。でも右隣が少しだけ寂しく感じる。
お互い違う夢を持っていたから。お互い真っ直ぐに夢に向かっていったから。そう言う面では私たちは似ていたのかもしれない。だから別れに涙は全くなかった。笑顔で手を振った。「またね」と。
今でも彼女とはたまに連絡を取り合う。
共通の趣味の話やテストの結果といった特に必要ではない連絡をごくたまにする。
でもきっと私たちはこの距離感がいいんだ。この少しだけ寂しさを感じるようなこの距離が。
スマホのアラームが鳴って目が覚める。
私の寝起きはいいほうだけど彼はいつもなかなか起きてくれない。
いつもなら先に布団から出て身支度をするが昨夜から朝方にかけて降った雪の影響で今朝はいつもより寒い気がして布団から出られない。
眠っている彼にぴったりとくっついて目を閉じる。
今日は2人で一緒に寝坊しよう。たまには騒がしい朝でもいいでしょ?私のアラームが鳴ったことは秘密にして。
たまにはあなたと一緒に寝坊してあげる。
あなたが一生懸命に私を起こす声が聞こえる。
もう少し優しく起こしてくれてもいいのにと思いながらもいつもと逆の立場に愛おしさを感じる。
私は勢いよく起きて笑顔で言うの。
「おはよう」って。
何が何だかわかっていない愛おしいあなたが世界で一番大好きだよ。
あなたとってはきっと気にも留めない日常の中のありふれた会話だったのだろう。でもそれは、私の心に強く、深く根を張った。
消えない。ずっと頭の片隅に残ってる。もうあなたはいないのに。何年経っても消えてくれない。
忘れたいのに。早くあなたに会いたいのに。あなたのせいでずっと苦しいの。呪いのように感じてしまうの。
こんな事思いたくも無い。
でもそのおかげで私はあなたを忘れないでいられる。
大好きだよ。だからまだ会いに行けない。もう少し待っていて。いつかまた会えた時にあなたに怒られないように一生懸命に今日を生きるから。
この呪いのような毎日を生き抜いてやるんだ。
そしていつかあなたに会えたらその時は。たっくさん文句を言ってからこういうの。とびっきりの笑顔であなたが私にかけた呪いを今度は私があなたにかけるんだ。
「大好きだよ」
風邪なんてもう何年も引いていなかったのに。
どれだけあの環境が健康に気を遣ってくれていたのかが今になってよくわかる。
別に風邪を引いて熱が出て寝込むほどひどい訳ではない。
でも、それでも。少しは心細くなる。
あれほど鬱陶しいと思っていたたくさんの人たちも。あんなにも逃げ出したかった空間も。何もかもが大切だったんだ。