ぺんぎん

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1/13/2023, 1:04:10 PM

もうとっくに気泡の抜けたサイダーを、喉を上下させながらゆっくり飲み込む私に
馬鹿みたいねとわらう、そんな、ふてぶてしい君が
私がちゃんと死んだときに、理不尽だと少しだけ泣いてくれたら嬉しいなと思うのだ

1/11/2023, 7:17:57 AM

僕はにいちゃんが大すき。だから、すぐに後は追わなかったよ、この酒を煽るときまでずっとずっと我慢してきたの。
「にいちゃん、やっとお酒を飲める歳になった」
手のひらくらいの大きさの骨壷に収まった、軽い骨に向き合って笑う。そして、その内の小さなひとつをつまみ、手のひらにのせる。うっとりと、そのなめらかで優しい色に目を奪われる。
それを思い切りわるく指の腹で潰す。ほろほろといちどに崩れるものだから、手のひらが粉まみれになる。ざりっと生命線の溝に砂利サイズの粒が埋まるような心地がする。それがどんどん皮膚に沈んでいく。
酒。
目先にある、瓶に詰められたウイスキーの液は琥珀を閉じ込めたようなあたたかい色味をしている。
それにさらさらになった骨を注ぐ。冷える。掻き混ぜる間もなく、ぐいと勢いわるくそれに口を付ける。少しこぼれる。がんと殴りつけるような痛みが肌に刺さる。身体の芯をガスバーナーで熱されるような、直接的で攻撃的な酔いに支配され、溶けるように背から畳に崩れる。少し粉っぽい味のそれが舌に張り付く。ウイスキーの黒いラベルみたいに綺麗に、鬱陶しく。覚束ない頭を無理に起こし、唇を寄せ、喉仏を隆起させ、せかせかと酒を煽る。こんな痛みが、苦しみがすべて嬉しい。浴びるように痛みを乞う。それを幸せだと思う。
あの日ふたりで頬張ったガトーショコラによく似た、浅い胸焼けがする。



微熱に襲われて、喉をざらっとしたものが滑ってはじめて、胃に溜まってはじめて、にいちゃんとひとつになれた気がした。
一滴残さずに飲み干した瓶を腕のなかで滑らせて、それをけらけらと笑い、とろとろとした眠りに誘われて、畳で熱くなる身体をきゅうと縮めて眠った。冬だったけれど、雪が散っていたけれど、久しぶりにあたたかくて幸せだった。腹の皮膚の内側に潜む臓器がさっきよりずっと大きく、ずくんと存在を示すように鳴いた。

1/9/2023, 5:44:31 PM

結露越しの窓をなぞって覗いた、陽の昇らぬ朝にしなやかな雪が降り注いだ
ゆうべ、粉砂糖が降り積もった、ガトーショコラを頬張ったばかりだったからか
天使が羽を落としたあとみたいな、細やかな街の白がやけにかわいらしく映った

1/6/2023, 2:55:07 PM

きみの使っていた食器を一枚ずつ棚に片付けることも、カトラリーを仕舞うことも
長い夢の終いのようで、こわくてたまらなくて、脚が竦んで出来なかった
置いていった口紅を取りに来てほしいとそんなくだらない言い訳だけでも聞いてほしい

1/6/2023, 2:26:44 PM

伸ばした腕の感触が空気を掴んでいるようにぼんやりしていて薄い。
おぼつかない地面でさらに脚をばたばたとさせる。感触はない。漫画のように頬を抓って
みる。指が肉をとらえずすり抜ける。

ひどい話を、第三者から覗いているような、具体性のない痛みを味わっているような、食わされているような気がしている。耳たぶが重たい。
不快がひとつに集中した音が鋏の刃みたいにぎらつき、鋭くなり耳のそばにそれが刺さり、鈍い痛みがはしる。冷や汗がどっとわく。場面、のようなものが切り替わる。さっきまで自由に動かせていた身体がずしんと重く、鈍くなる。
すると、途端に解像度の悪い視界のピントが合う。触れる。弾力のあるなにかの感触。指が滑らかで、わずかにおうとつのあるものに触る。
目先のそれは、数ヶ月前に別れたはずの恋人の姿だった。しなやかな脚は、俺の肉体を跨いでいた。
肉体の絡みつくときにはじめて浮き上がる欲。安めの酒を煽ったときに残るような微熱がうなじにまでのぼってきて苦しい。肩甲骨の蠢きに沿ってぬるい汗がつたう。
彼と俺がはじめて交わった日。生あたたかい記憶。彼の、重なった素足はいつも白い。

吐かれた息が耳たぶに触れて、それが肌にひときわ心地よくって、そのときに首元にまわされた、頼りない腕の生あたたかさにもっと興奮していたこと。すべてが鮮明な映像になってくるのがこわかった。
やけに生々しい気持ちよさと、身体から溢れる立体的な鼓動。まるで夢じゃないみたいな昂り。耳元に受けた、少しかさついた声。
「だいすき」

どういう心持ちでいればいいのか少し困る夢だったからか、目を覚ましたことに気付くのに少し時間が掛かった。むくりと身体を起こすと、耳のそばに鈍い痛みが残っているのが分かった。そういえば昨日、ピアスを空けたばかりだった。ピアスを空けるなんて慣れないことをしたから、あんな夢を見てしまったのかもしれない。心なしか少しだけ、怠さが残っていた。
沈黙。それに反し、下半身は随分と熱を持ち、その熱のやり場に困っている様子だった。夢で致すなんてだらしないこと、中坊で終わりにしたかったんだけど。そう言っても、男の本能だし、しゃあないじゃんか。
そう難癖つけて、さらにおかしくなってげらげらと笑った。うそ、呆れた。

別れた想い人の夢を見て、興奮するってのは中々不謹慎ではないだろうか。

取り敢えず、感情だらけの頭を冷やすことも兼ねて少し腫れた耳たぶに水まくらを押し当ててみる。その勢いで朝食の用意をしようとリビングに脚を踏み入れる。引き摺ったスウェットで軽く躓く。
さて、と昨日から仕込んでおいたフレンチトーストを冷蔵庫から取り出す。卵液をたっぷり吸い込んだそれは、少しだけ重たく、どろどろして冷たい。ふかふかだったころのことなんて忘れて、ぷかぷかぷかとひたすらに、漂流した船のように卵液をそよいでいる。熱の入ったフライパンにぱちゃ、と落とすとじわじわと液が溢れてきて、少しずつ焦げついてくる。その香ばしい匂いのおかげで、掻き乱された脳みその回線が徐々に復活してくる。ちょっといいバターをのせて、とろけてきたところではちみつをひと回し。フレンチトーストってのはいいね。久しぶりにいい物を食った感を味わう。

彼と俺は多分、厳密には恋人ではないと思う。セフレ。それが妥当。まさしく。恋人に近しい、それっぽいことをしていただけ。

気持ちいいことをして、帰る。身体だけの関係を求める奴らとはこんな付き合いしかしていなかった。それ以上を求めた相手とは早々に縁を切った。欲情に恋慕も、重さも要らなかったから。
彼はまるっきり違った。セックスの後に、俺に手料理を振る舞った。変わったやつだと、いいよいいよと遠慮していたのも最初だけ。お昼を過ぎたらサンドイッチとか、夕方頃ならビーフシチューとか、とくに縛られたものはなかった。でも朝は、フレンチトーストが決まりだった。性欲が行き交ったあとに食事をするというのはなんとも気まずいのだけれど、彼の料理はうなるほど美味しかったから、その好意に甘えてよく食卓を囲んでいた。ベッドシーツをぎゅうと掴んでいた指先でトレーからひたひたの食パンを取り出し、手際よく調理する彼は行為中よりもとくべつに綺麗だった。はふはふと、それをフォークで刺し嬉しそうに食べる俺を、彼はもっと嬉しそうな顔でみていた。
心が寄った。たしかに、俺の心は彼に寄っていた。それらの皺寄せが、俺を綻ばせた。

――俺、好きなひと出来た。

そうやって直接、心から触れようとした瞬間に、彼は照れくさそうにそんな言葉を漏らした。これはいくつもの幸せに見合った天罰なのだと、そう決定づけることではやくに諦めがついた。
最後のセックスだった。彼の腕には身に覚えのない痣ができていた。柔らかくてしなやかな身体が絡まったときに、俺の骨は芯まで冷えきった。長く伸びたままで手入れされずに、背中に突き立てられた爪がずっと痛かった。物欲しさにがっつくなんて格好つかないから、さっさと行為を終えた。こんなに頓着してること、あんたは知らないだろってそう示すみたいに。
この関係もこれで終いだろ。そう目を合わせずにそっぽを向いてベッドの端に転がった。その日だけは、彼も一緒のベッドで眠っていたようで、彼が傍に近づいたときの肉体の気配も、遠ざかるときの痛みもよく分かった。

どうせ傷ついたらかえってくる。俺の傍に戻ってくるだろう。だったら別にいま手放してもいい。
甘え八割の強がりが俺の気持ちを三分の一ほどに満たして、手放してもいいんだとゴーサインを出した。
彼は、想い人と結ばれなかった。それでも俺にはかえらなかった。だって彼は死んだ。どうやって、いつ、誰と。そんなのがばらばらと記事に埋め込まれていた。水死体だった。彼の片耳にはまあきれいなピアスがぶら下がっていたって、そんな蛇足でしかない新聞記事のひとことに、俺はただ、底知れぬ痛みをおぼえていた。

生ぬるくてどうでもいい付き合いでしたとそんなシールを貼ってしまえばそれらはなんとも安っぽいし、そうやって記憶を無力化させないように俺にこんな夢を見せたのか。
食べ終わった皿を片付けるのも面倒で、それらがただ、かぴかぴになっていくのになんだか同情してしまって、泣きじゃくりたくなった。ピアスを開けたくなったのは、彼に近しくなりたかったからだってそんなのみっともなかった。
スマホをせかせかと操作していると、勝手にギャラリーを開いてしまった。メッセージアプリでのやりとりが詰まったスクリーンショットは、ひどく単純でやさしくてただみっともなかった。うちにきて、と、ありがとう。それだけの延長戦はやけに淡白だった。なんで消せないんだろうとスワイプすると、ひとつだけ際だって沸き立っている言葉が目についた。

―プレゼント交換?そんなのいつぶりだろ。
―まあいいじゃん。べつに安いやつでいーよ。

OK、と猫のスタンプ。

―まさかのピアス。俺穴空けてないけど?
―気が向いたら空けてくれるかなって。まあ期待。それ、似合うと思ったから。

声が耳もとに鮮やかに浮かびあがってきて、背中をすきま風が通ったあとみたいな気分がした。
せっかくのクリスマスだからと、彼に言われるがままにプレゼント交換をしたことを思い出した。ピアスは忘れたころにつけてやろうと思っていた。それから箱に詰められたそれを開ける予定はあっさり無くなった。今思い出したのだ、途端にいてもたってもいられなくなる。床を駆ける。歩く、なんかじゃない、駆ける。なにかの暗示、そうでなくても、ごちゃごちゃと、未解決の望みの散らばったこの部屋で、大層な捜し物をするくらいに、いまは浮かれてやりたい。


真冬に裸足というアンハッピー。いつになくフローリングは冷たい。だからってセンチメンタルになって抱きしめあうなんてしない。
見つからない。ひとつだけ、未だに締め切ったままの部屋がある。多分そこだ。オーケストラのシンバルさながらにうるさく喚き散らす心臓を抑える。鍵を差し込む。
埃っぽく、やけに冷たい部屋の空気を掻き、そこに落っこちて溺れないようにたんすの出っ張りに手をかけた。ここか。ずる、と衣服がところどころ突っ掛かりながらも、それは簡単に開いた。薄いニットの毛の絡まりに目当てのきらめきがふたつ埋まっていた。こんなとこに。
少し縮れた糸が引っかかったそれは、柔らかい金箔のプールにたぷんと浸ったみたいにきれいな色をしていて、真っ黒で冷たい湖に気まぐれに手を突っ込んでいたときに、くいと不意に持ち上げられたような、ごろついた星のようだった。

指の末端が金属に触れて、徐々に冷たくなる。冷え切る前に、手のひらにのせたそれを耳の先のちいさな穴に引っ掛ける。痛い。ゆっくりとただ痛みを伴わせるそれは、ただ絶望の淵に追いやるためにつくられたような、あのとき吐き出された彼の言葉とよく似ている。うわ、やっぱちょっとセンチメンタルかも、と振り返る。耳たぶの輪郭から血が滴っている。首筋を鎖骨を、とめどなく走っていることが、大きな姿見に記されている。
目を凝らすと少しだけゴールドが溢れた血で薄く汚れているのが分かった。薄い耳たぶを触ると何の変哲もない、ただ真っ赤で、濁りのない液体が俺の身体から、まだ容赦なくあふれてくる。それにただ驚いた。
こつ、となにも身につけていない素足がなにかに触れる。空のゴムの箱。ローションの筒。少し使ったマグカップ。毛の裂けた歯ブラシ。きらめくカトラリー。食器。
未練タラタラだって言いたいのか。ここを掃除しろって言いたいのか。流れる血の、ただ乾くことすら頭に入らないくらいに、俺は静かに怒っている。純粋な期待でできた結晶をこんな形で一生をかけて背負おうとしている俺に。それらをすべてマグに吐き出そうとして不器用に叩きつける。後始末が面倒になるだけのそんな行為に、俺はかすかに爽快感と寂しさを感じている。ああ吹っ切れた。いい、やっちまおう。

これって、遺品整理でいいんだろうか。
彼の死に追いつかずに遺品と化した結晶と、二度と既読のつかないLINEアイコンに目を赤くするくらいに彼に感化されていた俺の単純さの死骸。それらをまとめてゴミ袋に突っ込んでいる、そんな大掛かりで安っぽいことをしている気がする。捨てる、ただ捨てる。
ふと、首の痛みに振り返ると、火傷しそうなほどに冷たい鏡越しに、窓からとめどなく雪が降り注いでいることに気がついた。それがゴールドのピアスにまだらに反射して、恐ろしいほどにきれいな明かりとなっていた。なんか、妙に背中を押された気分である。さあ、テンポアップ、ラストスパートだ。

彼の結晶は、集めたところでゴミ袋ひとつ分に満たないくらいの重さだった。
純粋な喜びが久々に胸に還った。きゅ、と袋の端をひと思いに縛ったって、もう泣かなかった。

今日は彼と俺の出会った日でもないし、命日でもないし、ただ、ファーストピアスってだけだ。俺は彼を引き摺って生きていこうとは思わない。けど忘れてやらない。彼とひとつになったことも、そのあとたらふく美味いもんを食ったことも、すべて俺にとってマイナスではなかったから。
顔を洗っていなかったからと、大股で脚を出し洗面台に立つ。ぱしゃぱしゃと水を叩きつけ、タオルで皮膚をぬぐうと何ら変わりない顔がこちらを窺っていた。

耳たぶの腫れがややひいたと同時に、もっとここに重たいもんをぶら下げてみたいと思った。ゴールドじゃ足りない。そうやって、少しずつなかったことにしないでやろうと思った。
いま、この地に降り注ぐ雪がすべて溶けたなら、ふたりの隔てた壁が壊せたなら、そのときに彼の墓になにか美味いもんでもお供えに行こうと思った。

やや雑な終わりになったけどでけたー。

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