洗面所のクロスの汚れが、ずっと気になっていた。
私は不器用だから、自分で張り替えることはできない。
拭いてみようかと思っても洗濯機が邪魔で手が届かないし、かと言って動かせもしない。
夫に「気になるんだよね。｣と、何十回相談したことか。
「そんなに気になるの？。｣とのらりくらりとかわされて、洗濯機の移動を頼んでも行動してくれない。
それが、今朝起きて顔を洗おうとした時に、真白のクロスが目に飛び込んできて驚いた。
夫が掃除してくれていたのだ。
うわ、新築の頃を思い出したよ…すごい。ありがとう。嬉しい、と言ったら、静かに「うん。｣と頷く。
クロスだけではなかった。
洗濯機周りも、洗面台も、きれいに拭いてくれている。
でも、なんで今日だったのだろう。
夫のやる気スイッチの具合が、いまだにわからない。
次に繋げるためにも、いっぱいお礼を言った。
そして、言いながら「私も褒めて欲しいんだよね。いろいろと。｣とふと思った秋晴れの日曜日の朝なのだった。

『鏡の中の自分』


鏡に映る自分の顔が、母にそっくりだと思うようになった。人から似ていると言われても「そりゃあ、親子だからね。｣程度にしか思っていなかったのに、双子かと思えるほど似てきた。鏡の向こうにいる私が、「親子なんだよ。あの人と。｣といろんなトーンで何度も語りかけてくる。左頬に、母と同じ位置・同じ大きさのシミがある。「親子だから？。｣と鏡に問いかけると、「そうだよ。遺伝だよ。｣と辛そうにあっちの私が答える。私は、耐えられなくなりシミを取った。左鼻筋の少し盛りあがったホクロは、弟と同じ。母が、「姉弟の証だよね。｣と嬉しそうに言っていたけど、それも耐えられなくて取った。鏡の中の私はそれでも母とそっくりなのだけど、気持ちが楽になったような感じがする。にっこりと笑った顔が映る鏡に、「あの人より笑顔が綺麗だよ。｣と言えたよ。やっと鏡の中の自分を好きになれた。

『理想郷』


理想郷にたどり着いたら、私は今以上に怠惰な人間になるだろう。
少し足りないくらいが、ちょうどよく思える。
それらを追いかけながら、生きることも楽しい。
最期に「楽しかった｣と思えたのなら、私の人生そのものが理想郷だった証になる。

懐かしい思い出


子供の頃の懐かしい思い出は、特にない。私の懐かしい思い出は、夫と出会ってからのできごと全て。夜、遊びに行って帰ってきたら泥棒に入られていたとか、小さな喫茶店のモーニングとか、子供たちが生まれて出かけた場所とか。きっと今の生活も、月日が経てば懐かしい思い出に変わり、笑いながら話しているだろう。何気ない毎日が、ひとつひとつ思い出に変わる。そんな日々を過ごせるなんて、子供の頃は思いもしなかった。頑張って生きてきたなと思う。