自然と目が覚めるまでに
起こすのは止めてください
できれば近くで工事をしないでほしい
でもまあ、こればかりは必要なことだから仕方ない
ただし、セールス系の電話と
アポなしインターホンは許さない
午前中は静かに寝させてください
起きたいときに起きたいのです
「ほんとうに、十年、経ったんだね」
まだ、たどたどしくしか話せなかった私の言葉を、あなたは静かに頷いて聞いてくれた。
しばらく会えなかった理由を、せっかく目を覚ました私と、私の家族との時間を邪魔したくなかったからと教えてくれた。
何を見てたの、とあなたに聞かれた。私は、病室の窓から見える山の麓を指さした。
「桜、見てた」
あなたが、窓の先に目を凝らした。桜といっても、ここからだと遠くにうっすら、散る前の最後の桜が見えるだけ。もうすぐその季節も終わる。
「お花見、行けなかったな、って」
私がぽつりと呟くと、あなたはそっと口を開いた。
「元気になったら行こう。今年は間に合わなくても、来年行けばいい。一緒に行くよ」
私は、その言葉が嬉しくて、あなたに聞き返した。
「私と、行って、くれるの?」
「ああ」
「嬉しい……じゃあ、約束、ね」
私が小指を立ててあなたに手を伸ばすと、少し照れくさそうに、あなたの小指を絡めてくれた。
笑顔を作るのに不慣れだったあなたが、不器用に、ふっと口元を綻ばせてくれた。
自作小説『春を待つ』より
たまには曇りであってほしい
暑すぎてやってられない
猫は暑さに弱いと思っていたけれど
うちの子は日中、クーラーの有無に関わらず
日当たりのいいカーテンの中や
あまり風通しの良くない部屋
三段ボックスの中で引き籠もっていることが多い
そしてクーラーは嫌いのようだ
そんなに毛皮を着ているのに
どの趣味も浅くて
何も人と話すことがない
他人と生活できる気もしない
目の前にある、美しく愛らしい顔。
そんなはずがない。だってその最期に、実際に見た君の顔は……あんなにも、無惨だった、のに。
君の頬に手を伸ばす。確かにこの手に触れたそれは、しかしどこか陶器のように滑やかで、その目は翠玉がはまっているようにすら見えた。
自作小説『有り得た(かもしれない)話』より