「ほんとうに、十年、経ったんだね」
まだ、たどたどしくしか話せなかった私の言葉を、あなたは静かに頷いて聞いてくれた。
しばらく会えなかった理由を、せっかく目を覚ました私と、私の家族との時間を邪魔したくなかったからと教えてくれた。
何を見てたの、とあなたに聞かれた。私は、病室の窓から見える山の麓を指さした。
「桜、見てた」
あなたが、窓の先に目を凝らした。桜といっても、ここからだと遠くにうっすら、散る前の最後の桜が見えるだけ。もうすぐその季節も終わる。
「お花見、行けなかったな、って」
私がぽつりと呟くと、あなたはそっと口を開いた。
「元気になったら行こう。今年は間に合わなくても、来年行けばいい。一緒に行くよ」
私は、その言葉が嬉しくて、あなたに聞き返した。
「私と、行って、くれるの?」
「ああ」
「嬉しい……じゃあ、約束、ね」
私が小指を立ててあなたに手を伸ばすと、少し照れくさそうに、あなたの小指を絡めてくれた。
笑顔を作るのに不慣れだったあなたが、不器用に、ふっと口元を綻ばせてくれた。
自作小説『春を待つ』より
8/2/2023, 10:26:40 AM