イルカを見ていたはずだった。目線の先には誰かの手。
それを必死に掴んでぼくは引き上げられた。
小学生だった頃に家族と行った水族館。
イルカショー用のプールにぼくは頭から落ちた。
ショーの後半。子どもたちとイルカが触れ合うコーナー。
ぼくは横一列の端に押しやられてなかなか触れずにいた。
どうしても触りたい。端から中央にいるイルカの方へ
前のめりに腕を伸ばすとその勢いで体が地上から消えた。
冷たさを感じたその直後に目の前に手が見えたので
反射的に掴むと一瞬の内に係員の人に助けられた。
イルカとの共演時間は約5秒。ずぶ濡れの少年が一人。
無事を確認された後で親からコテンパンに叱られた。
だけど咄嗟に手を掴んだことだけは褒められていた。
それがなんとなく嬉しかったことを強く憶えている。
ここまで記憶を辿りながら書き出していってみたけれど
ひとつ重大な事実を見逃していたことに今気が付いた。
結局ぼく、お金を払っておじさんにしか触れていない。
世界に私だけしか実在しないと信じる独我論者たちを一つの部屋に集めて実在について討論する大会が開催された。
言わば孤独の蠱毒。トーナメント方式で討論し最後に勝ち残った者こそが真の実在者であることを決める大会だ。
僕も自分こそが唯一の実在であると偽りの存在たちに認めさせる為に参加した。まずは一回戦の相手を完璧な論理で打ち負かしてやるとしよう。早速試合が始まる。
討論は何時間にも及び、我を忘れるほどの熱量でお互いが自らの実在を賭けて全力で論じ合った。これまで積み上げてきた思考体系の隅から隅まで。全てを吐き出し争った。
そして激論の末、僕らは二人揃って一回戦を敗退した。
「討論中に余りにも考えが一致してしまい親交が深まった結果、お互いがお互いの実在を認めてしまった迷試合」
唯我論大会レポート記事より抜粋
常に更新される天井画
それがずっと無料で観られる
人間というサブスクに入ってて良かった
「空を見上げて心に浮かんだこと」
信長の休日ってだいたいそんな感じでしょ
「尾張に私用」
手を取り合って花いちもんめ
世界一平和な、人身をかけた賭博